行きつけの小洒落たカフェへ寄るには、二つ先の駅で下りなければならない。そのため、俺の肩を枕にして寝ている雷蔵を、いつも一つ前の駅で起こしている。

二つ前の駅に電車が止まると、一斉にぞろぞろと人が出て行った。今日は休日のせいか少し騒がしい。平日の朝程ではないけれど、膝にバックをぶつけていくのはやめて欲しいと思った。

(あ、)

がらんと空いた隣の座席には、ワインレッドの携帯が置き去りに。
きっと今、慌てて電車を下りて行った人のものだろう。雷蔵が見てなくてよかった。後を追い掛けて携帯を本人に届けてあげそうだもの。めんどくさ。
(大体、忘れるやつがドジで馬鹿で、のろまで自業自得。)
そのワインレッドの携帯が雷蔵の方から見えないように姿勢を整え、雷蔵の肩を優しく叩いて揺り起こしたのは、下車する一つ手前の駅であった。


「ごめん、僕ってばいつも寝ちゃって…」
「いいよ、俺が起こしてあげるから」

申し訳なさそうに眉を下げる雷蔵の手を引いて、ホーム内の階段を下りる。
相変わらず手は繋いだまま、男同士の俺たちは仲良く他愛のない話をしながら、十分に今を楽しんでいる。今日が特別な日というわけでもない、いつものことである。雷蔵の側に居れば心が落ち着くし、俺は雷蔵が大好きだった。(勿論、これからも死んでも泣いても大好きは果てしない延長線上にあるのだ。)だからといって、雷蔵の笑っている顔も大好きだが寝ている顔はもっと大好き、だとは言わない。言ってしまえばきっと、顔を真っ赤にして手さえ繋いでくれなくなる。やっと、手を握り続けてくれるようになったというのに、振り出しに戻るような事はしたくない。

(いつも毎日毎回スキだと言っているが、今日こそ本当にスキであると伝えるつもりなのだ。)



小洒落たカフェにつくと、まず横文字がズラリと並んだランチメニューに雷蔵は首を傾げる。

「雷蔵が食べたいのはこれだろう?」
「うん、凄い三郎。なんで分かるの?」

首を傾げながらも雷蔵はにこにこと笑う。そしていつも二人揃って同じメニューを頼み、二人で仲良く食べ合うのだ。
食べながら、雷蔵はホイップクリームが入ったカフェモカをおいしそうにゴクリと飲む。俺はホイップクリームの入っていないエスプレッソが香るカフェモカを、雷蔵を見ながらゴクゴク飲んでいる。

「ね、これからどうしよっか?」
「三郎、映画見たいって言ってたでしょ。映画見ようよ」
「映画なにを見たい?」
「三郎が見たいやつを見たいな。」

本当にいいのかい?そう返すと雷蔵は優柔不断な素振りを見せることなく、幸せそうに頷くのだ。

「三郎となら何でも楽しめるんだもん。僕の一番は三郎だよ」

ケーキの上にのっていた生クリームを、フォークで掬いながら微笑んだ。
珍しくも、上品な金色のフォークであった。

「雷蔵、おいしい?」
「とってもおいしい。三郎は?」
「雷蔵がすぐ側にいるから何でもおいしい」
「僕も、三郎といるから何でもおいしい。それに、すごく楽しいよ」

この間、買い物に行って買ったニット帽も、雷蔵がくれたストラップも、俺が雷蔵にプレゼントしたストラップも、ぜんぶおそろい。携帯の色だって、互いに白でカバーはピンク。雷蔵は左耳に小さな花柄ピアス、俺の右耳には小さな花柄ピアス、いつだって春色である。

「雷蔵大スキだよ」

何を渡せば君に大好きだという素直な気持ちが伝わるのか、考えて考えて考えた結果が左ポッケの中にはあった。
君が喜ぶのも俺は知っている。
「有難う、僕も三郎のこと大好きだよ」
そう言われることも知っていた。変わらない可愛い笑顔を向けられることや、すぐ感動して泣いてくれることだって。



(あれ、指輪、中指につけてしまうの?)
「ねぇ、三郎、相談あるんだけど…聞いてくれる?」
("薬指"につけてはくれないの?)
「僕ね、中在家先輩のことが好きなんだ」
(ねぇ、聞いてる……?)



「雷蔵、映画見に行く前にさ、あの観覧車に乗ってから行こうよ。」
「うん、いいよ!」
「あの観覧車の中で君が大好きな中在家先輩のこと、もっと教えて?」
「ふふ、内緒だよ」


君と出会った日の日付が入った携帯のストラップがしゃらりと揺れた。
(困ったな、今日を記念日にするつもりだったのに、まさかまさかこのような記念日になってしまうなんて。観覧車、一周する前に終えることはできるだろうか、包丁すら持ってないというのに。)

「早く行こう雷蔵」
「きっと綺麗な眺めだよね」
「そうだね、きっと綺麗だろうね」

観覧車が一周する間、雷蔵を殺して俺も死のう。そうすればいい。最初からそうすればよかったんだ。
死亡記念日にしよう!そうしよう!


(逃がさないように雷蔵の手をぎゅっと握った。)
end











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