鏡が割れて粉々に飛び散った其れは、同じ景色を映すわけもなく、違う情景と感情を色濃く映し出した。

文机と、先程割れた鏡の破片しか置かれていない部屋で、鉢屋は級友に背を向けたままである。
割れた散らばった鏡に鉢屋の曇った表情は映らない。竹谷は必死にこちら側を向かせようと足を踏み入れるのだが、散らばった鏡が来るなと言わんばかりに牙を剥き出し、そして嗚咽を繰り返す鉢屋の影を支えている。

「同情を俺に向けるな!」

これも繰り返される。


これでは、駄目だと思っている。いつしか笑わなくなってしまった鉢屋を、竹谷は救いたいと思っている。

「なぁ三郎、俺たち仲間だろ?一人じゃないんだ。絆がある。希望を持てよ。俺、お前の力になれるか分からないけど、お前が笑ってくれるように毎日どうしたら良いのか考えてる。一緒に頑張ろう、一緒に乗り越えよう。辛いときは泣いていい、その分の幸せはきっと来る」

頑張ろう、と差し出した手は何の温もりもなかった。背を向けたままの鉢屋の両手は、死人のように肩からぶら下がっているだけである。
指先が動かぬように冷たくとも、竹谷は鉢屋を助けたいと強く願っていた。彼の力になりたい、支えになりたい、自身に出来ることは何であるのかを日々考えた。それなのに、彼は竹谷を見ることはない。後ろ姿はまるで雷蔵であるのに、吐き出される罵倒は低い低い声であった。


「三郎、少しでもいいから前に進もう?」


鏡の破片を一つ広い上げた時、それは再び粉々に割れてしまうのです。
赤い涙を流しながら振り向いた彼の顔は雷蔵でありまして、竹谷は懐かしい面影を見ながらも、三郎の虚ろな右眼に、左眼に、明らかな同情を抱いてしまっていたのです。


(その狐のような眼が噛み殺すと言うたのだ。)


「お前らの吐く安っぽい言葉が俺の心に届くわけないだろう?心配だとか頑張れだとか、なに偽善者ぶってんだ。言う自分に酔ってんのか?お前ら誰だ、何様だ?頑張れなんてクソ迷惑な言葉、テメーが幸せだから言えるんだぜ?少しでも力になりたいとか、正直うざってぇんだよ。有難うなんて言わない、もう疲れた。うるさい。俺が笑えるようになるにはどうしたら良いかなんて、簡単に考えつくだろ、テメーら全員不幸になっちまえ!大事な人を亡くしてみろ!全部失ってみろ…!」


声を上げて雷蔵の顔をした鉢屋は泣いた。竹谷はそれを見るばかりであった。
床に泣き崩れた鉢屋の手に、鏡の破片は幾つも刺さる。しかしそんなことはどうでも良い。彼は初めから傷付いている。


「なぁ…………雷蔵の命、返してくれよ…」


確かに鉢屋は、低い低い声で唯一の願い事を話したのだった。
鉢屋が笑ってくれるように毎日どうしたら良いのか考えていると竹谷は言ったが、無くなった雷蔵の命を戻すことは出来ず、自身を無力だと責め続ける。鉢屋の唯一の願い事も、一生叶えられることは無いだろう。

(偽善、)

思い浮かべた。

竹谷は鉢屋の手に刺さった鏡の破片を抜き、それを毒のように飲み込んだのだ。
(もう綺麗事は言わないように、と)



end











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