(めんどくさい。)


朝は大概そういう言葉で始まる。何が嫌とか、何が気に入らないとか、そんな子供みたいに簡単なことを考えてるわけじゃない。
昨日の嫌なことや一週間前の嫌なことや、過去の嫌なことを思い出している私は、思考などどうでもいいでしょって顔してる。

変わらない朝の身支度と私の日常。いつもの通学路。いつもそこの道端で幼稚園のバスを待つ親子。
(また…。いい加減鬱陶しいんだけど)
私がこの親子に会わないためには道を変えるか早く家を出るか遅く家を出るか。だけど家を出る時間を変えると遅刻の時間に結び付く。じゃあ早く家を出る、っていうのも胸くそ悪い。この親子のために何で私の貴重な朝の時間、減らさなきゃいけないの?そういうの、凄く馬鹿馬鹿しい。
(我儘ね、わたし)
だから一番手っ取り早いのは苛々しながら我慢して通り過ぎること。願わくば死なないかな、と悪戯に思ったりなんかしちゃったり。


次に何が嫌いって、学校の朝の空気。おはよう、はウンザリ。見せかけの友情のためには必ずしないといけないけど。確か、放課後のバイバイも必須。
皆嫌われないように必死なのよね?だって、友達という名義は自分自身の証明のために必要なんだもん。

「あ、」

突然さながら渡り廊下を歩くユキちゃんと鉢屋先輩を見た。
(やっぱり、ユキちゃんは鉢屋先輩のこと好きなのね。)
このまま教室に行くと、絶対ユキちゃんも私と同じタイミングで椅子を引いて隣に座る。そして満面の笑みで「トモミちゃん、おはよう」って言うと思う。だから私はどうすれば良いのか分からなくなった。きっと、顔は怒ってる。そんな自分が惨めだとも思ってる。少しだけ泣きたくなったので、自販機の前の長椅子に腰かけた。
(チャイムが鳴ったって知らない。教室にも行きたくない。ユキちゃんが、ムカつく…)

「トモミちゃん、おはよう」
「……あ。」

顔を上げると伊作先輩がニッコリ笑っていた。苺牛乳を飲みながら私の横に座る。ネクタイは結ばれないまま、だらんとだらしない。

「寝坊したんですか?」
「うん」
「凄く、苺牛乳くさいです」
「あ、ごめんねー」

廊下を行き交う生徒が足早に移動する。別にそんなことはどうでもいい。目の前を通った人が、コツンと床にシャーペンを落としていった。それが足元に転がってきたもんだから、踏みつけて蹴ってみる。伊作先輩は相変わらず苺牛乳を飲みながら、相変わらず何も言わなかった。

「トモミちゃんイライラしてる?」
「わかりますか?」
「どうしたの」
「…ムカついたんです。ユキちゃんに」

飲み終わったパックをゴミ箱へ投げたが、それは命中とは程遠い。伊作先輩は不運だと言いながらそれを眺めてた。

「私、鉢屋先輩のこと好きだからユキちゃんに鉢屋先輩と喋らないでって言ったのに…」

言っておきながら鼻の奥がツンとする。
(子供みたい)
どうしてこんな思いをしなければならないのだろう。気持ちの前に自分を罵った。苛々するのも中々止められないのだと感じる。仕方ないよね、そこまで人間デキてるわけじゃないもん私。

「好きな人が他の人と笑い合ってるとこ見ちゃうと、殺したくなるよね」
「…え?」
「きっとトモミちゃんはユキちゃんのことが好きなんだ」

チャイムが鳴る。

「鉢屋君のこと好きだなんて嘘でしょ?」
「……うん」
「トモミちゃんって分かりやすいね」
「そう、ですか?」

伊作先輩は笑った。
透き通った笑顔の印象が強すぎて何でバレてしまったんだろうとか、どうしようとか、よく考えられないでいる。

「殺したくなります」
考えられない癖に答えてしまうと、伊作先輩は分かる!と返してきたのだった。

「だって、留さんが他の人と喋ってると凄くムカつく」
「食満先輩が…?」
「僕もきっと、留さんのことが好きなんだよね」
「…伊作先輩も、大概分かりやすいですよ」
「え、ほんとー?」

本当は全く知らなかったのに、悔しいから分かりやすいと返してしまうあたり、くだらないほど負けず嫌いだ。

「トモミちゃんはユキちゃんに好きって言わないの?」
「伊作先輩は…?」
「言うわけないよ、気持ち悪いじゃん」
「私だって、そうじゃないですか」

ブルガリの財布を出すと、伊作先輩はまた苺牛乳を買っていた。二個買ったと思えば、私の膝上にいつの間にか置かれている。

「あげるよ。おごり」
「…私あんまり牛乳系好きじゃないんですけど」
「えー、ごめんねー」

言う割には悪びれた様子もない。軽く手を振って「遅刻しちゃうよ」と階段を上がって行ってしまった。…と思えば、手すりからひょっこり身体をのり出して「なるようにしかならないよ」と私に言葉を向ける。


(やっぱりどうにもならないよね。今日は今日だし、明日は嫌でも来る。つまらない毎日はつまらないまま変わらない。)
馬鹿らしいから今日は学校サボって泣いてみよう。ムカつくのも変わらない。殺したくなるのも変わらない。ユキちゃんは私のことなんか好きじゃない。


「苺牛乳、案外おいしいのかもしれない」

ユキちゃんから「今日休み?」というメールが来ることを、少しだけ期待して私は携帯の電源を切った。
ハッピーエンドなんてないのだなぁと、思った。

end











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