一段と暮雪が増し、厳しい寒々とした東風(あゆ)が吹きつけた。
至るところから漆黒の弓が手首を刺す感覚を覚えたが、この目の前に腕を組んで壁に寄り掛かる白い男は、倩(ツラツラ)と首を刺されそうである。

「お前と雪は同じ生まれのようだな」

食満は眉を少しだけ下げ、困ったように笑った。そんな冗談らしい一言を仙蔵は鼻で笑うだけであったが、涼しい目元を細めては優しい顔をした。
風すら止もうとしている今の刻とは正反対に、肉体が病みそうな気持ちに浸るのは、もうすぐ真っ暗になってしまうであろう影の道連れである。

「留三郎」
「ん、」
「お前、今日の演習は無様であったな」

今度こそ迷わずに鼻で笑った。いつもの仙蔵が持つ含み笑いを浮かべた表情だ。何処か違うと言えば、やはり瞳の揺らぎであろうか。
全く夜空が見えない夜空を見上げ、食満は相変わらず積載していく雪の行方を見つめるばかり。

「いいんだよ別に、ホントの殺し合いはちゃんとやるさ」
「…伊作を守って死ぬというのか?」
「それは演習の話だろ、関係ねえよ」

唇を噛む姿と爪を噛む姿、どちらが本物の人で本当の癖と思い当たるのやら、皆目見当もつかない。
首から巻いた仙蔵の黒い襟巻きが、風に靡くたびに消えて行きそうだった。若しくは彼が足跡も残さずに、それは黒猫では非ず化け猫のようであるとしても。

「寒いな、仙蔵」
「ああ…」

注意深く念入りなところや、細かいところまで思慮深い彼を食満は綺麗であると思っている。時に、なんども繰り返すこの皮肉な意に渡りはつけない。

「お前だって無様だ、俺を前に立ち尽くすんだから」

よくも悪くも強情だ。ひややかである。思うとおりにならないことを、知らん顔で表面に出さない。一癖あることは知っている。

「仙蔵、聞いてンのか」
「うるさい、聞いている」

(赤に錆びてしまった。恥知らずめ、ずうずうしい…)
親指を握り込んで、恬としている食満を見た。

「留三郎は綺麗だから好きだ、お前は唯一殺せないのかも知れん」

犬の啼声が遠方で聞こえる。黙って言い返しをやりかねない風情だ。慟哭してしまいたい。

「よく言うよ、仙蔵は。殺しちまう癖に」


近くから犬の悲鳴が聞こえてきていた。もう、涎を垂らしながらそこに居る。

end











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