「この部屋から出られると思ってる?」 「出してくれないと、困ります」 一度漆黒の椅子に煙管をぶつけると、床に灰色の粉が落ちた。それを黒い革靴で強く踏むと、黒床に馴染んで消えたが、何だか儚い事を言って死にたくないと聞こえる。 「店まで送らないよ」 「歩いて帰りますから、大丈夫です」 「なあ、鉢屋は送ってくれるんだろう?」 「貴方が知ることではないですから…」 ゆっくりとベッドから身を起こすと、すぐにキリスト教を敬う天井を目にすることになってしまった。それには短剣が刺さっており、被るように七松の顔が目に入ってくる。 「知りたいから聞いてるんだよ」 煙管を小さなテーブルにゴトリと置くと、乳房を舐めるように胸へと顔を埋めた。ビクリと反応をした四肢が腰を浮かす。 眉を歪めながらも声を漏らそうとはしない雷蔵を見ると、七松は更に顔を歪めてやりたいといつも思う。だからこそ濃密な愛着が、冷酷な表情の下に出てくるのだった。 「ストリッパーのくせに、いつもこうやって鉢屋に買われていたわけか」 「貴方だって、私を買いました」 「うん、買った。掟破りだとしても所詮金だろ?雷蔵が好きか嫌いかだけで」 胸を揉み込むと唇を噛み締めながら声を我慢する。そういうところは可愛くないと、そこらへんの売女なら殺していると、だがお前だけは違っているよと、七松は空(カラ)に続ける。部屋の奥には日本製の箪笥が置かれ、その上には赤い折り鶴が無惨に置いてあった。 箪笥の中には愛用しているM93RやM4A1ライフルやその他にも、数えきれない程のものが入っており、数日前、それで七松は女を数人殺している。デメリットの高いP08で即死を逃したとしても、M4A1パイクで燃やしてしまえばいいだけの事だった。 「お前はノストラの方が好きなようだけれど、あいつは最低な偽善者だよ」 「鉢屋様を悪く言わないで…」 「お前、抱かれながらよく言えたもんだな」 本当に抱いて喘がせてやろうと思ったのは、雷蔵が哀しそうな顔をしたからであったが、それ以前に七松は焦燥感に駆られてしまっていた。マリア像のように笑えない現実が、押し寄せては喉を詰まらせる。 痣が出来た雷蔵の両腕をベッドに押し付け、先程まで行っていたように同じ行為を始め出すと、やはりベッドは気持ち良さそうに揺れるばかり。 「なあ、鉢屋の部屋のベッドは、軋むの?このベッドは軋まないけれど、ねえ、軋む?軋んだ方が、セックスしてる気分になれる?」 「いた、い…!」 鉢屋の部屋のように、温かくないと雷蔵は思っていた。寒く冷たい部屋に大きな暖炉が燃えていようと、もう何もかも、薔薇さえ凍てつく足先さえも。 「冷たい」 「首に髪の毛が巻き付くほど汗をかいているのに?」 「汗なんて、感情なんかと比例しません」 「じゃあ、何だって言うんだよ…お前は」 首まで絞めたが殺せはしない感情は何だと言うのだ。吸い込まれそうな瞳で向けられた顔は、ゆっくりと舐めて終わりにしたいと思うことは一体どういうことなのだ。 ベッドのシーツを掴む意味など、知るよしもなかった。 (殺しはしない、殺しはしない、殺したくはない) 握り上げた拳は広いベッドに大きな窪みを作る。怯えもしない目玉が、七松を射抜いて既に殺されてしまっていた。 「死んだら冷たい、冷たいとはよく言ったものだ」 右手でランジェリーを掴み、暖炉に放り込むと赤い炎に包まれて何処かに消えてサヨウナラ。炎は冷たくて舞踏会を開くのだ。 教会の鐘が鳴る。遠い記憶である。 「コートを一枚やるから、それを着て白いの垂れ流しながら裸足で歩いて帰るといい」 (そして私の好きな人は抱かれながら泣いた。) end ← ×
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