恋愛ものは嫌いである。 たまたま見たいとお互いが思ったのだから、こうやってデートの一環として映画を見に来た。たまたま大人1800円が今日は特別に1000円で上映。去年までは高校生の料金であったのに。そういう愚痴はやめることにする、ケチだとは思われたくない、決して。 だが、それ以上に執着心があって映画のチケットを販売している手前で、パンフレットを懸命に見た。内容を知る必要がある。それはもしものために見るものである。それはもしもの時に非常に役に立つ。だがパンフレットに詳しい以上それ以下でしか内容が書かれておらず、気持ちだけは間に合わない程の異常に変わっていった。 「へえすけ、何か食べ物とか飲み物買って入ろう」 「ああ俺、ジンジャーだけでいい」 「じゃあ僕はポップコーンセット頼もうかなあ…でもホットドッグもおいしそう」 「ケチャップこぼしたら大変だよ、ポップコーンがいいと思う」 「じゃあポップコーンセットにするね、へーすけも一緒に食べよう」 きっと雷蔵のことだから俺が一掴みのポップコーンを食べるうちに、君は二回目半の一掴みに到達しているのだろうし、まだ映画の本編が始まる手前の、宣伝みたいな時間で4分の1は食べているのだろう。 (そういう所が好きなんだ。上品に女を演じる奴は死ねばいいと本気で思う。) 前科があった。だからこそ今日は話さなければならない、映画の内容は前科に不確実に比例している。 「へえすけぇ、座席どこか見て」 「Fの13と14」 「はーい」 「違うよ雷蔵、こっちだよ」 13の座席にジンジャーを置き、14の座席にファンタメロンとポップコーンを置いた。置くと2〜3個のポップコーンが床に落ちてしまった。 深く座席に腰をかけると、雷蔵は茶色のバックから携帯を取り出し、健気に電源を切っている。 「そんなきちんと切らなくても…」 「だって映画見てる人の迷惑になるもん」 「サイレントかマナーにしとけばいいじゃん」 「うん、でも…」 「ねえ、俺、雷蔵が大好きだよ」 「え」 手を握ろうとしたが雷蔵の可愛い手は膝上にあった。そういう雰囲気紛いの薄暗い場所であるのに、膝上に触れるとなれば我慢が出来ないものもある。 「あのさ、上映中に泣かないでね」 「どうして…?」 「雷蔵が好きだからだよ」 「だから泣いちゃダメなの?」 「うん、そう」 クスッと笑われた。笑うことなのかと思ったが、雷蔵は笑うことしか出来なかったのだと思う。だって、やはり馬鹿げた可笑しい話でしかないのだ、これは。 ライトがゆっくり暗くなっていくと共に、喉を鳴らし振り返る、これは言わなければならないし、二人には必要不可欠な事件である。 「ねえ、元カノはさ、恋愛ものが好きで、雷蔵とは全然違って…映画見て泣いたりして、上映中にさ。ええと、」 (だからさ、ああ何だか俺は小学生みたいな喋り方をしているな) 「感動はいいことだけれど、俺はグスグス言うのが鬱陶しいんだ。だからうるさいから…元カノの口を手で塞いで殺しちゃったんだ、死因は窒息死」 「ごめん、聞こえないよ、もう映画始まっちゃったから…。ほら僕、字幕についていくの精一杯だし、後でもいい?」 「窒息死…」 「兵助、後で」 「ちっそくし……」 それは恋愛ものではなかったが、感動が詰まったものだった。俺は見慣れないせいなのか、恋愛ものしか感動はないと思い込んでいたが、どんな映画にも感動はどこかにある。 しかしスプラッタ映画には9割の確率で感動は無い。1割に希望をかけたとしてもそれは、同情だと思い起こして良い程だ、それは確信に変わる時もある。 ジンジャーを飲むと頭が冷えてしまった。雷蔵は優しいからきっと泣いてしまう。一方的な約束をすぐ破ってくれると思った、俺は映画に集中するしかない、と思った。 「雷蔵、雷蔵、映画終わったよ」 声をかけてみても動かない雷蔵に、今度は俺が泣いている。感動とはこういうものなのに、4分の2程度に残ったポップコーンは冷えている。少ししか飲んでいないジュースも、氷が溶けて味気ない。 「雷蔵?」 君はやはり泣きました。 綺麗な映画館に警察が来るのでしょうか、恥ずかしい。事情聴取もされるのでしょうか、何と言おう、これで映画上映中に人を殺してしまったのは二回目ですと正直に? 理由はないが、悲しくて仕方がない。皆はこういう動機をわからない。 「俺は雷蔵が大好きだから、だから自らここから逃げないようにしたい。掃除の人がきてお客様お掃除を致しますので外へ、そう言われてからすみません、人を殺してしまったんですけど、そう言おうと思うんだ」 独り言だと勘違いをされたのか、前の通路を通って外へ出る奴らに見られた。全く鬱陶しい、さっさと前だけを向いて歩いてりゃあいいのに。 「窒息死、だろうなあ」 ジンジャーを半分残しているくせに、足を組んで雷蔵のファンタメロンをゴクゴクと飲んだ。 end ← ×
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