蝋燭を立て直したのを雷蔵は知っていた。
枕に顔を埋めたりして、鉢屋の広く大きな背中を見つめている。あの男臭い背中ごと自分を求めてくれているのだと、思えば思う程に指を舐めたくなっていた。

結んでもいない髪が布団に広がり、寝間着もはだけて肌が露出している。
「三郎」
振り向いてくれるだけで良いと思ったのは、自分の赤い唇をなぞってからだ。夜風が冷たい。


「どうした、雷蔵」
「寝ないの…?」
「ああ」

本を一枚捲る音だけが部屋に響いては不安のように火は揺れる。
そういう類の音を、雷蔵は愛着を持っていたからこそ募るものは少なからず。

「僕、瞼が引っ付いちゃいそう」

寝返りをして天井を少し見上げて甘ったるい顔をした。それでも鉢屋は机に向かったままで、相変わらず雷蔵に背を向けたまま。正座をしていたが痺れたのか、胡座をかいたり正座に戻ったりを繰り返していた。

「雷蔵、先に寝ていいよ」

それだけで何か動いたものがある。苦しくなってしまった胸に、我慢というものを行いながら、雷蔵は口を真横に結んだ。
先に寝てしまっては、そう考えると何とも満たされない事が浮かぶばかり。

「三郎はいつ寝るの、三郎が寝るまで待っておきたい」
「まだかかる、本の返却日が明日なんだ」

仕方がないと雷蔵は思ったが、本の返却日という固定してあるものが煩わしくも感じた。
図書室で返却日の過ぎたカードを見ては、返してもらいたいという気持ちは大きい筈であるのに。何だかやるせなかった。
モヤモヤしていた手先も、横たわるだけになる。


「寒い」
「んん、俺の布団使ってていいよ」
「そうじゃなくて…」
「あ、窓閉める?開けっ放しでごめんね」
「…三郎!」

しんとなった部屋の空気の中、鉢屋はゆっくりと雷蔵を見た。あまり見せない表情である。それさえ見る暇など、今の雷蔵にはなかったのだった。

「本、延滞していいから。僕がうまく言っておくから」

ぎゅっと腹へ回された手を掴むと、どうやら冷えてもいない手は甘えを知っている。
鉢屋は一度謝ると、もう一度は雷蔵の手を撫でながら「ごめん」と小さく呟いた。三度目になると雷蔵を抱いたまま布団に寝転がり、温かさを共有する。

互いの指を絡ませると、それっぽい目をした雷蔵は視線を横に流した。彼は上手な誘い方を誰よりもよく知っている。
誘われながらも布団に広がった髪に口付けては、耳を舐めたりワザとそういう事をして、雷蔵の首に顔を埋めた。

「本は返却してまた借りるよ」

それに対する声にもならない声が吐息と共に出、雷蔵を独り占めにしている感覚が押し寄せては背筋が熱くなった。

「待って、ちゃんと布団の上に真っ直ぐ寝てから…」
「ん、もう止まらない」
「駄目だよ、ちゃんと布団の上に乗せなきゃ痛くなっちゃうもん、三郎のお膝」
「…ッ!」

机に用意していた蝋燭は、立て直しにすら必要なく風に吹かれて転がるが、床に落ちる程でもなく左右に揺れる程でもなく。
言えば、雷蔵の声に打ち消されている。


「雷蔵が誘ったんだからな」


蝋燭の火を消した秋風は、机に開いてある本を一枚づつ御丁寧に読んでいた。

end











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