混雑したビルと入り組む路地がクッキリ脳裏に焼き付いてしまった。ただ、三駅を毎日電車で通過しているだけなのに。(でも、看板の内容やネオンの色は一向に焼き付かない)

此方から眺める一角のビルに集まってストライキを起こしている人間たちが一気に発火、赤色で何かを書いたらしき白い旗もよく燃えていた。
残念ながら電車の速度が速すぎて、もう何もかも見えなくなってしまっているわけで。

(今日の夜のニュースで全員死亡したと報告があるんだろう、どうせ焼死)
また一街潰れていく。


駅に降りたとしても、売られている新聞一面もきっと、それに等しい。
「あ、」
人混みの中で少しだけ微笑む君を見つけたようである。瞬間、周りの景色が停止するとはよく言ったものだ。

「…今日、ガッコ来なかったよね。電話、したんだけど、な」
「ごめん、伊作」

確かに聞こえた。通学途中、イヤホンから大音量で音楽を流しているもんだから、そろそろ耳も聞こえなくなるかと思っていたのに、確かに、聞こえた。

「ごめんって、どうして謝るの…留」
「なんとなく」
「ねえ、東区のさあ、昨日行ったラブホ、跡形もないよ」
「知ってる」

西区の、僕が週一で通っていた精神科も崩壊してしまったよ、1日で街ごと飲み込まれちゃって。残りわずかな薬を思い出し、どうしよう薬が切れたら、なんてヒッソリ思って少し留から目を逸らしてしまった。
話も、途切れてしまった。

「ねえ、今日学校サボって何してたの」

街が焼かれているのか、焦げた布が空から降ってくる。コンビニでビニール傘を買う程でもないかな、その前にコンビニの傘、高いし。その前に、ビニールって火によく燃える。
考えたら嫌になった。こういう出来事じゃなくて、留さんにどう思われているのか、とか。

「なあ伊作」
「うん?」

手を差し出された。嬉しかったけれど、顔は笑えない。人混みはどうでもいい。自分は彼に何をしただろうか。

「ずっと考えていたんだ」
「え」
「お前と抱かれるでもなく抱くでもない関係を続けて、ああ何気無くも幸せだったのかもしれないって」

意味は深かったんだと思う。哀愁は漂っていたんだと思う。
けれど、それから留さんが笑ってプラットフォームから飛び降りた時、正直驚きはしなかった。

(勿体無い、あんな綺麗な顔がグジャグジャになるんだ顔も判別出来ない程になるんだ、死ぬんだ)
皆見てみぬフリをする。珍しくもない事は確か、だってここの駅で1日十人は自殺する。
もう警察なんか来なくて、駅員さんがプラットフォームから降りて無惨な死体を掃除するだけ。とりあえず感心など無くなっていた。

「留さんは何で死ぬの」
「疲れたから」

左につけていたブレスレットが弾けて、階段を転がって行く。階段を上がってくる人は僕に可哀想だという目と、迷惑だという視線を送るだけしかしない。それ以外は、すました顔してエスカレーターに乗っているか、携帯をいじりながら歩いているかで気付いていない。

「僕だって疲れたんだ、英語の予習は違うところしちゃってて当てられた時全然答えられなかったし、なんかカナリ怒られたし」

ポケットに手を突っ込むとお菓子のゴミが出てきたので、適当に階段へ捨てた。階段の角には煙草の吸殻が二つもあった。


箒と塵取りを持った駅員さんが、忙しそうに階段を上がってくる。
本当に死んだのだと思った。

「好きな人じゃなくて好きだった人、になっちゃった」
溜め息が出た。




end











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