右腕がない俺を、君は見つめてくれた。切なさそうに、それが哀れみだったとしても構わない。


「ハチ、遊びに来てくれなきゃ嫌だよ」
「来る来る、身辺落ち着いてからな」

本当は、もう二度と雷蔵の顔を見るつもりはなかった。
口元で嘘を言うのは上手いと自己暗示をして言ってみたのだが、雷蔵は笑顔を浮かべている。よかった、無事に騙せたのだ。こんなつまらない嘘ひとつで。

「どうしたの、雷蔵」

左手を両手で握ってくれている。いいもんだな、両方の手があるということは。温かいし、もっとその奥をほぐされる感じだ。
握り返すと、右手は握り返しもしない。今までどうやって俺は右手の指先を動かしていたのだろう。

「ハチの右手、僕の両手の上に重ねてくれて有難う」

無いものを有るかのように雷蔵は言う。正直に「応」と言いそうになったが、変わりに涙が流れてきたのだった。
じんわり右腕の付け根が熱くなって、もうどうしようもない。そんな滑稽である俺を見ても、雷蔵は手を握り続け、哀れんだような顔一つしなかった。

「学園の外まで、見送らせて」

そう言う雷蔵は、もう会う事もない別れを知る筈がない。
数日前、俺は自分の村が戦で焼かれた事を知らされた。先生は哀れんだ顔で俺を見て、そして俺の無くなった右腕も見た――。

「雷蔵は、ちゃんと俺の顔を見て話してくれるから好きだ」
「ハチだって僕の顔を見て話してくれてるよ?」
「そうだった」
「…変なの」

最期とは思えない程の日常ではあったが、これを最期にすれば何とも素敵なものだろうか。
想い返して耽る事は分かっているのに、苦しめるよう雷蔵の笑顔や優しい髪の毛先まで見てしまう。
吹く風だって、心地好いものだから途端に泣いてしまいそうだった。


「雷蔵、ちゃんと勉強しろな」
「うん」
「お前はきっといい忍になるよ」
「…有難う」

溜め込んだものは言わなかった。言ってしまってどうなるかも分からない。
雷蔵の顔が歪んで道さえ見えなくて、そうなってしまっては帰る場所も無くなった焼け野原へと帰れないではないか。

「じゃあな、また来るから」
「…ハチ、待って」
「それまで風邪引くんじゃねぇぞ」
「ハチ…!」
「また会おうな」
「嘘つき。」

何もない右腕の方に抱きついてきた雷蔵は、確かに嘘つきだと言った。下手くそだとも言った。
右へと抱きつけば左腕で抱き締めてくれるだろうと、確信をついた君にはやはり敵わない。

「雷蔵…」

右腕を無くした時も、こうやって強く抱き締めたような気がする。
血の臭いと雨の匂いが混ざる中、雷蔵は俺の右腕の付け根を押さえ、一日中泣いていたっけ。
けれども、あんなに人を愛しいと思った事も自分自身にはなかった。

「雷蔵、好きだよ」

息詰まってさよならも言えない。又も言えない。寂しいも言えない。
離れたくない、も言えない。

「ハチ、僕も一緒に行く」



雷蔵を抱いたのは、学園から遠く離れた旅籠でのことだった。

end











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