「変装していなければならないって、誰から教わってしまったの?」 悲しい哀しい、そのような口調である。 「決まりなんだ」 「その決まりは誰が言ったの」 「覚えていない」 「三郎、それは誰も言ってないんだよ?」 嘘だ、信じられない、それである筈がない。この類は聞きあきたと思うので、視線を下ろしながら「それは有り得ない」と言った。 雷蔵は困惑した。 見飽きたとは言わないよ。俺は雷蔵の顔、表情が大好きなんだ。だからこうやって雷蔵に変装しては雷蔵に浸る。浸る事が出来る。 けれど、まさか 「まさか、顔を借してあげると言ったのも君ではない?勝手に借りてしまった?」 「ううん、それは僕が言ったから大丈夫だよ」 「うん」 「心配しないで」 この優しさは本当だった。安堵をしてしまう。だけれど、あいつは一体誰なんだろう。人を殺せなどと言ってみたり、邪魔などと言ってみたり、お前は誰なんだ、俺はお前を知らない。いつもそれを言うと、あいつは「鉢屋三郎」だと言って笑ってくる。 「雷蔵は大切だ。殺さないよ、好きなんだ」 「馬鹿、邪魔だよ」 「うるさいな、邪魔なんかじゃない。いなくては何も出来ない」 「嘘だ」 「黙れ、お前、俺に構うぐらいなら自分の首を拾ってきたらどうだ」 「何故笑う?これはお前だぞ、お前の姿だぞ?」 「馬鹿な、俺は俺だ」 「俺だって俺だ、」 「黙れ!殺すからな!」 「ねえ三郎、誰と話してるの…?」 「えっ」 もうあいつはいない。何処に行ったのだろう。深くは考えないことにしている、いつも。 「すまない、あいつが…」 「あいつって誰なの?」 「分からない。」 「三郎、可哀想」 手を握ってくれた。 浸透してくる温かさにジンワリ身を寄せて、拍動を身近に感じる。 「可哀想可哀想、三郎、誰もいないよ」 「嘘だ」 「僕と三郎の二人きりだったじゃない」 抱き締められた。何が何だか分からなくて、涙が出てしまった。雷蔵を困らせたくはないけれど、あいつは存在して俺に語りかけてくるんだ。雷蔵を手放せと言ってくるんだ。手放したくはないのに。 「雷蔵、愛してる」 「さぶろう、僕もだよ。僕がずっと側に居るからね、惑わされないでね?」 「有難う。」 「なあ、お前誰と話してんの?」 「兵助…誰って、雷蔵とだよ」 「"雷蔵"って、誰?」 end ← ×
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