赤い物体を箸で裂いては、ああやっぱりこれはいかんと思った。箸を置いて食器を眺め、こちらの南瓜の煮物から食しようと思い立ったが、やはりどうにも食欲が薄れてしまったので 「お腹痛いんだ」 嘘をついて隣で同じ定食を食している雷蔵に、南瓜の煮物をこっそり差し出した。 「大丈夫?」 「どうかな」 「本当にもらっていいの?」 「うん、あげるよ」 「有難う、僕ね、南瓜大好きなんだ」 雷蔵の真向かいに座っていた兵助がよかったね、と声をかけていた。うん、嬉しそうに頷く雷蔵。 こういう二人を目にして苛々と来てしまうのは仕方がない、自身は雷蔵が好きだから。こういうとき、兵助がい組でよかったと思った。そして兵助と席を代わりたいとも思った。でも、よく考えたら雷蔵の隣の方が良いのだと思う。落ち着く。 そして再び食器に目を戻すと、赤い物体はまだそこにあったのだった。そうだ、食していなかったのだ。 「これも南瓜だったら雷蔵にあげれたのにな」 「三郎優しいね」 「いやいや…」 照れながら赤い物体を摘み、真向かいに座る八左ヱ門の食器に入れる。 ころんと転がる。ぐじゅり、とは言わない音が半分自身を救っているのは確か、何故赤色なんだ、見たくない早く早く 「早く食え」 「なにお前…」 「やる」 「これ食いかけじゃんよぉ」 「うるせーな」 食いかけだろうと何だろうと、八左ヱ門には関係ないと俺は思っている。 だが、彼は雷蔵の食いかけの方が好きらしい。ざまあみろと思った、人生そんな、好きな相手から常に食いかけもらえるほど甘くないんだって。 「ね、雷蔵。それ頂戴」 「あれ…お腹痛いんじゃなかったの?」 「あ、そうでした」 ほら、甘くない、欲しくてももらえない。あーあ、つまんね。 食べましたと言わんばかりに御馳走様と言う。 結局、食したのは何だったのだと問いつつ、一足先に食堂を出たのだった。まさかとは思ったが、名前を呼んで走ってきてくれたのは雷蔵であった。 ギシリとなる古い床の部分も気にならないし、蝉が一々五月蝿い外にだって気を取られない。幸せだと感じた。 「どうしたの」 「さぶろうごめんね…」 「え、」 「ごめんね、お腹痛いって言ってたのに、三郎の気持ちも知らないで隣で食べちゃってごめんね」 「可愛……」 「え?」 「いや、そんなことは全然構わないって」 構わないどころか布団の上で構いすぎたいと思った、凄く思った。 「全部、食してきたのかい?」 「ううん、ハチにあげてきた。食べかけ失礼だと思ったけど、三郎の方が心配だし、お残ししちゃいけないし…ハチが良いって言ってくれたから」 そりゃ良いって言うわな。ああクソ、喜べばいいのか泣けばいいのか分からなくなってしまった。蝉が五月蝿く感じてしまった。 「お腹大丈夫?」 「ああ」 「気分はさっきよりいい?」 「あまりよくないなあ、定食に出たアレ、見ると思い出すんだ」 聞き入るような顔を、雷蔵はしてくれる。抱き締めてしまいたくなった、まだ廊下だと言うのに。 ゆっくり口を開く、 「身籠った女からさぁ、やや子が中々出てこなかったから、引っ張り出してあげたんだ。そうしたら、やや子の眼窩に指が入ってしまって、取り出した時には脳味噌をえぐってしまっていてね、ああ赤い物体、としか思わなかったが定食に出たアレはソレを思い立たせる。うう、気持ち悪い」 「部屋で背中さすってあげるね」 「うん、有難う」 「部屋まで歩ける?」 「うん、平気だよ」 木から落ちた蝉を、黄火焼は食していた。 end ← ×
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