月明かりがあまりにも明るくて、添えようとした手がひきつるように止まった。夜風は、生暖かい。
(何をしようとしてたんだろう。)

「こっちが聞きたい」

驚いたのは不破の方だった。驚いて指先を震わせる。真冬でもないのに、そう鉢屋は思った。

「起きてたの…?」
「寝てた」

気配に人一倍敏感である彼を、不破は起こすようなことをした。だが、何とも思ってはいない。ただ何をするべきでもなく、隣で珍しく寝息をたてて寝入っている鉢屋に、不破は触れてみたくなっただけの話だ。
蒼白い部屋が、いっそう夜に染まった。

「素顔は見せない」
「うん、分かってる。見たくないもの」
「嘘。今、顔に手ェ伸ばしてきたクセに」
「…ちがうよ」
「何がだ、」

ぎゅっと布団を握りしめて皺を作った不破の指を、鉢屋は見逃さなかった。不信、あるいは不純を身に覚える。
覚えるのはいいが、覚束無いモノを刻むのは到底、心底嫌いであった。
(いつからだろう、こんなに雷蔵を疎ましく思ってしまうようになったのは、きっと前までは伸ばされた手を握り返していたと言うのになあ、おぞましい)

雲隠れが障子に映る。
それは眼にも映った。


「三郎、何処いくの」
「お前に関係ないよ」
「やだ、教えて」
「お前が知らない所」

不破は哀しそうな顔をしたが、鉢屋は横目でそれを見るばかりで、結局は何もかも騙したように沈下する。心の奥深くで、期待したように絶望していたのは、自身の小さな鍵であった。
それはどうにもならないことを意味するように、荒んだものしか浮かばない。

「汚いよ、お前」


泣き声しか聞こえない中、嫌いだと言えばよかった。そう思った鉢屋の心情を、不破は知る由もない。

end











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