昼はひぐらし、夜は目のさめたるかぎり。
還るに、いみじきことぞ。

「痛ひ、痛ひ、げにおのづから痛みゆく」





幸い、という顔をした。
鏡を割りたい、のだ。


「三郎、君の素顔を見たいと言っている人がいたよ」
「ああ、面倒だな」

雨のようである。

「俺の素顔は、雷蔵にだけしか見せたくない」
「嘘八百。僕にも見せた事ないくせに」

そういう顔も、
ああ何と、堪らない。

「見たい?」
「ううん。三郎が嫌なら無理に見たくはないよ」
「そう、…」


指先から触れるように首へと回す。触り、掴み、逃がしはしない。逃げない、君は。
逃げなかった、君は。

痛いとは一度だけ。
キチガイな俺は、絡まる髪を眺めるコト、しか。


「雷蔵。どうしていつも俯せなんだ」
顔を見せてくれれば、
「どうして向かい合わせに抱かれてくれない?」
、少しは報われる。


記憶に存在した焼きゴテのニオイが、肌を執念に焼いた。まさに我の顔を忘れたとは、カナリ甚だしいではないか。
俺は君になりたいのだ。
なりたくて堪らないと言い張って見たが、心で、雷蔵は的確にソレを握って赤面、している。

「恥ずかしい。…三郎が自分の顔だって事もある、けど。」
「じゃあ学園一美しい立花仙蔵センパイに変装すれば…」
「そういう問題じゃない」


どうして鉢屋三郎は不破雷蔵の顔なんですか、不破君が可哀想じゃないですか。
同じ人間はいりません。

他人にそう言われた時は、確かに笑えたのだった。
だが君は何も言わない。
だが俺は何も言えない。




「血が出てる、」
「ああ、今日は雨だから」

ボクは君がヨカッタ。

「三郎の顔、見せて?」
「ああ、見れば良いよ」


亡骸を収めた棺を引きずって行く。荒い縄が手を真っ赤にして、燃え上がる煙は雲をも焦がしつつ。
ごろごろ引かれながらも、夕星と重なる小屋と弧は何処か似ていた。
さて、一層不確かな昔話。

喰らう程、に、思い出してしまっ、た、のだ。



「三郎は三郎だ」
「ん、分かってる」
「たまには素顔も風に当てないと、ずっと血生臭いままだぞ」
「…そうじゃなくて、」

なぜ化物と呼ばぬのか。

「素顔がいいよ。どうして僕の顔なの」
「それは…、」


言うと完璧笑ふだろう。
じゃあ、不破雷蔵が死ぬまでは不破雷蔵の顔の三郎でいるといい。結局はそう言われても、本当の所、君が死んでも俺は君で。
その前にも、君より後に死ぬ気は更々。



「ああ三郎だ、本当に三郎なんだね」
「うん?」
「いいなぁ、三郎。ん、鉢屋三郎だ」
「嗚呼そんなに動くなったら、雷蔵」





ゆかしくし給ふなるものを奉らむ。
「思しなげかんが悲しき事を、」


初めて涙が出てしまった。


end


三郎の素顔はグロッキーに焼けただれていればいいです。
犬神家の青沼静馬とか、るろ剣の般若が良い例











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