「僕を赦してね、」 ゆるさないもなにも、只それだけだった。 此方が儚いと分かっているくせに、そういうことを言って脳髄に聞かせてみたりだとか温かみを感じる皮膚に肉体を感じさせてみたりだとか、 (ズルい、ずる賢い。) 「雷蔵は、そうやって俺に劣等感を与えたいだけなのだろう?」 「へえすけ、あのね」 それから君は鉢屋三郎という男の名前を囁き、恥ずかしそうに楽しそうに嬉しそうに話を変えるのだ。だから、そうしたときは、もう二度とその質問はしない。君の大きなクリッとした瞳を黙って見つめて話を聞いて、そうしてまた頷き質問をしてしまったとき、君の表情が曇ればそれは禁忌 ということの繰り返しだったのである。 「三郎としちゃった」 「うん」 「とても痛かったの。でも、僕は三郎が好きだから痛いの我慢できるよ」 「俺は雷蔵が好き、」 「腰、さすって?」 向かい合わせで雷蔵が抱きつくように、胸に顔を埋めていたので腰に触れることは容易であった。 「三郎も雷蔵の腰に触れたの?」 「うん、凄く触れたよ」 「…そう」 「ん」 (聞きたくないのに聞いてしまいがちで、考えてしまいたくないのに忘れられはしない。低能な地を這う生き物に成り下がればどんなに楽だとたしなめられるのか、抱きはしない滑稽だと見下げて笑い酷刑で死ねばいい、この右手の環指は) 辛い、のは、粉々の飴細工よりも腐れた金魚よりも絶望よりも、咲いた花、である然様(さよう)なら。 「離れて 雷蔵」 「駄目だよ、僕はへえすけが心地よすぎるんだもん」 「三郎にも言うの?…そういうワガママ、」 「言わないよ」 (息が苦しくなった。)君の腰背中首筋を撫で上げると、君は俺の背中首筋頬をいやらしく撫で上げ鼻をぴとりとつけて、眉を下げず微笑する。 「こういうこともへえすけしかしないし、へえすけだからするんだよ。」 よく分からなかった。 「雷蔵が好き」 「僕はね、三郎が、す、 き」 食い破ったような瞬間だと感じる。血を撒き散らすとはこういう冷たさ、温かさなんて誰が決めているのか、致死量は、冷たき水だと指す仮定から全て否定した終末の果てで。 「なにもしないだなんて愚か者だ、赦すから、だから、欲しいよ頂戴。」 「髪、痛い。引っ張らないで」 「ねえ 触れるよ?」 「触れられる?」 (ひどくあつい、) 昔から、捕ることが苦手だった盗ることも苦手だった。逃がしてと言わんばかりの顔をしているのだと思えば、何も出来ずに立ち尽くしたままで、そんなもんだから、横から獲られてしまうのだ君を。 「酷く抱くから、な」 「うん」 「雷蔵…」 「なあに?」 (もうだめだ、何もかも餌食と壊死の循環だ、愚暗経路の跡すら亡いし!) 唇さえ、咬めない。 「へえすけって、ほんとぉに臆病者だね、何もできないの知ってるんだから、僕。だから好き、へえすけ大好き、三郎の次の次の次に大好きだよ」 「俺は、雷蔵が一番好き、愛してる。」 「うん、知ってた」 結局、接吻を四度され逃げられてしまった。 混ざるだけでいいのに、なぜできないのだろうかと考えるには既に疲れてしまっていて、夜更けが妙に脚を蝕んでいる。 (感覚は爪先自警) 「可哀想 へえすけ」 声が響いて雨の匂いが前髪を静かに揺らした。 end 余裕の雷蔵と余裕のない久々知。 ← ×
|