貴方の些細な我儘を


王子との婚礼を間近に控えた頃。
もう少しで結婚なのにも関わらず、当の王子は相変わらず仕事で忙しい日々を送っている。

今日は数日ぶりにゆっくり一緒に居られる日だった。
私は嬉しくて嬉しくて、頬が緩むのを隠すのに必死なほどなのに。
…隣に居る王子は、僅かに不機嫌顔だ。

いつも一緒に居られるときは、柔らかな表情を浮かべているのに、今日に限って。

「…王子?」
「…なんです」

不機嫌だ。明らかに。
でも理由が分からない。自分が何かした覚えもない。

(えっと…もしかして、嫌われた…?)

そう思い立った途端、急に不安が襲ってきた。

まさかそんなわけない、と言い聞かせたくても
一度疑ってしまうとどんどん悪い方向に考えてしまう。
こんなにネガティブ思考じゃなかったはずなのに。
どうにか王子の気持ちに近付きたくて、私は目の前の広い背中に抱きついた。

「王子…私のこと、嫌いになった?」

自分のものではないような、か細い声。
王子を好きになって、随分弱くなってしまった気がする。

「何を言ってるんですか。
私が貴方を嫌うはずがないでしょう」

だって…と胸の内を打ち明けると、王子は呆れ気味に溜息をついた。

「違いますよ、まったく馬鹿ですね。
ああでも、貴方の所為で不機嫌なのは確かですが」

もう!心配で仕方がなかった私を余所に、相変わらずこんな態度であんまりだわ。
でも私は知ってる。こんな口を聞いていても、王子は優しいことを。
現に、憎まれ口を叩きながらも王子は私を抱き締めてくれている。
不安になった私をあやすように、優しく。

「…貴方は、もうすぐ私の妻になるというのに
いつまでも私のことを“王子”と呼ぶから」

え?と思って見上げた王子の頬がほんのり赤い。

「だって、王子は王子でしょ?」

不思議に思った私が声をかけると、王子はさっと視線を逸らした。

「…名前で呼んでほしいんですよ」

いつも大人びてる王子が呟いた、子供みたいな我儘。
そういえば…確かに、今まで王子を名前で呼んだことがなかった気がする。
でも、王子がこんなに気にしていたなんて。

「えっと…ドルン、王子?」

呼び慣れない名前に少し首を傾げながら呼んでみると、
王子はやっと見慣れた微笑みを見せてくれた。

「やっと呼んでくれましたね、ヘンリエッタ」

本当は“王子”を入れずに呼んでほしいけれど、それはまた後々。
低い声でそう優しく耳打ちされて、今度は私が、頬どころか顔全体を真っ赤に染める番だった。



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