あなたに贈る幸せ


「え、誕生日?」

突然振られた話題がなんの脈絡もなくて、私は目を丸くする。
私のその様子を見ると、相手も驚いた顔をした。

「うん、そう。もうすぐ円の誕生日なんだけど…
…って、もしかして本人に聞いてなかった?」
「…ええ、初耳だわ」

そういえば、誕生日の話なんてしたことがなかった。
する暇がなかった、という方が正しいかもしれない。
何しろ私たちは、政府機関・CLOCK ZEROから抜け出し
――鷹斗の目から逃げているのだから。
移動し留まり、移動し留まり…それを繰り返す日々。

でも、此方の円と知り合って、初めての誕生日だもの。
せっかくだから、どうにかお祝いしてあげたい。円の喜ぶ顔を見たい。
…ううん、素直に喜んでくれるとは思えないけれど。

「こんな時だけど、君に祝ってあげてほしくてね」
「勿論、私もそうしたいわ。でも…」
「…でも?」

央は不思議そうに首を傾げる。
こんなことを言うのは、少し躊躇してしまうけれど…

「…何をあげたらいいのか、分からなくて」

出会ってから結構経つのに、彼の欲しそうなものがすぐに浮かんでこない。
確かに円の全部を理解したわけじゃないのは分かってたけど、
やっぱりちょっと…落ち込んでしまう。

そんな風に落ち込んで俯く私を気遣ってくれたのか、

「君から貰えるものならきっと何でも喜ぶよ、円は」

央は微笑んでこんなことを言ってくれた。
けして顔に出さない円だけれど…本当にそう思ってくれたら嬉しい。

「少し、考えてみるわ」
「うん、よろしくね。
何かしたいことがあれば、僕も手伝うから」

ありがとう、と微笑むと、央も笑顔で手を振って部屋を出て行った。
央に励ましてもらったからか、何だかやる気がわいてくる。
何が何でも喜ばせてやるんだから。
よし!と心の中で意気込んで立ち上がろうとしたとき。

「……」

無言のまま、円が入口で立ち尽くしていた。
…もしかしたら聞かれていた?
それなら仕方ないけど驚かすのは諦めて、何がいいか本人に聞こうか。
などと考えていたら、円はあっという間に私の目の前に。
急にぐっと腕を強く掴まれた。

「いたっ……ま、円?」

どうしたの、と言いかけたところでその言葉は遮られた。

「…何を、何を話していたんですか、央と」
「え?」

心なしか…ううん、確実に円は怒っているようだった。
でもその理由は全く分からない。覚えもない。

「ぼくの知らないところで…二人で、何を話してたんですか」
(…もしかして)

その言葉のニュアンスで、何となく怒っている理由が分かった気がする。
自分だけ除け者にされて気に入らない、とかそういう感じかしら。
それとも、私に央を取られたと思ってる…とか。

でもこの言い方からすると、誕生日の話は聞かれていないみたい。

「な、何でもないわよ。ちょっと雑談していただけ」

聞かれていなかったなら、単純に隠し通そうと思っただけだった。
でも、円は私の言葉をどう取ったのか、掴んだ腕に更に力を込めてくる。
流石の痛みに抵抗しようとしたとき、視界が大きくぐらりと揺れた。

ガタン、という音と共に、背中に走る微かな痛み。視界いっぱいに円の姿。
背中にあたるそれが床だということを認識したのは、
円の肩越しに見えるものが天井だと理解してからだった。
――つまり、

(お、押し倒されてる…?)

状況に驚いていると、円がぐぐっと顔を近付けてきた。
前から思っていたけど、円は極端に顔を近付けすぎだ。
弱視だということは聞いたことがあるものの。

「ま、円ってば。一体なんの冗談なのよ」
「…冗談なんかじゃありませんよ。
あなたこそ、ぼくを好きだと言ったのは嘘だったんですか」
「…は?」

円の唐突な言葉に驚いて抜けた声を出してしまった。
嘘でそんなこと言うわけない。それは十分通じてると思っていたのに。

「そんなわけないでしょ!
さっきだって円の誕生日のことで散々悩んで…」

そこまで言って、しまった!と口を押さえても、時既に遅し。

「ぼくの、誕生日…?」

ぽかんとした表情で私の顔を見る円。
ばれてしまったら仕方ない。潔く話した方がいいだろう。

私は、央に言われたこと、贈り物に悩んでいたこと、全てありのままを円に話した。
全てを理解した円はばつが悪そうに、私から目を逸らす。
どうやら彼は、自分の知らないところで私が他の男と仲良くしているのが気に入らなかったらしい。
つまり、妬いてくれた…ってことなのかしら。
あのお兄ちゃん子だった円が。

「…ふふ」

思わず笑みが零れる。

「…何がおかしいんですか」
「だって、嬉しいんだもの」

よく見ると、目元と耳が少し赤い。
そんな不貞腐れた様子の彼がとても可愛く思えた。
今ならどんな嫌味を言われても笑って流せる自信がある。

「ねえ、円。誕生日、何がほしい?」

ふとさっきの話を思い出して、もう単刀直入に聞くことにした。
ばれてしまったし、こうすれば確実に喜ぶものを渡せる。
円は珍しくその細い目を開けて、私をじっと見つめた。

「…あなたに貰えるなら、何だっていいです」

僅かに動いた口から出た言葉はあまりに小さくて。
残念ながら、私には何を言ったのか分からなかった。
もう一度言ってくれとせがんでも、あの円が素直に言ってくれるはずがない。

その代わり、急に腕を引っ張られたと思うと、私は円の腕の中に居た。
今度は私が顔を赤くする番だった。


「何だっていいですよ、期待してませんから」

耳元で囁かれた相変わらずの憎まれ口に、また笑みが零れた。




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