月影に隠れた優しさを


いつも通り、いつもの時間。
彼はあたしの部屋に食事を運んでくる。

「食事だ」

無機質な声で短く告げられ、目の前のテーブルには温かな料理が並べられた。
あたしは躊躇うことなく、それらを口にする。
いただきます、と小さく呟いて。

彼はというと、あたしの向かいに座って腕を組んでいた。
何を見ているのかは分からないけど、時折此方に視線を向ける。
偶然、目が合った。

「…ウルキオラも食べる?」
「要らん。俺に食事は必要ない」

予想は出来ていたけど、きっぱり断られてしまった。
こんな何でもない会話が、あたしは嬉しい。
以前は食事を運んだ後、すぐに部屋を出て行ってしまってまともな会話もなかったから。
今だって、けして会話が弾むわけではない。沈黙など日常茶飯事。
でも、その沈黙さえも今は苦にならなかった。

誰かと…彼と、一緒に居られることが、こんなにも嬉しい。
例え相手が―――敵だとしても。

「ごちそうさまでした」

両手を合わせて食事を終える。
食器を片付けると、彼は何も言わずに部屋を去ろうとする。
これは彼の仕事の一環なのだと、思い知らされる瞬間。

"もう少し此処に居てほしい"なんて、言えるわけがなかった。
もっと一緒に居たいだなんて。
伸ばしそうになった手を強く握って、俯く。
彼にこれ以上何かを望んではいけない。自分の為にも。

そう、思っていたのに。

「強く握るな、爪が食い込む」

いなくなったと思っていた彼の声が聞こえたのと同時に、腕を掴まれた感触。

「治癒出来るからといって無駄に傷をつけるな」

その言葉は仕事の為だって、あたしに利用価値があるからだって、分かってる。
分かってるのに…心が追い付いていけない。
偽りの優しさでも、嬉しいと思ってしまってる自分がいる。
いっそ冷たくされた方がずっと楽だ。
勘違いして忘れてしまいそうな自分の立場を、自覚することが出来るから。

だから――これ以上、優しくしないで。



「…女、言いたいことがあるなら言え」

――心臓が跳ねた。
何故、いつも見抜かれてしまうのだろう。

「…もう少しでいいから…此処に、傍に、居てほしい」

促されるように、自然に口から零れてしまった本心。
拒絶されることを分かっていながら、止められなかった。
かつり、と彼の足音が静寂に冷たく響く。
くだらないと思われただろうか。
散々口にしていた"仲間"を裏切るような発言に、軽蔑しただろうか。

足音は遠ざかって行ってしまうと思った。
しかし、当の彼は傍らのソファに腰を下ろしたのが見えた。

「ウル、キオラ…?なんで…」
「おまえが居ろと言ったんだろうが」

ほら、また。
そうやってあたしを甘やかす。
貴方は酷い。憎むことさえもさせてくれないなんて。

あたしはもう、光の下へ戻ることは出来ない。
許されない。

―――この人の不器用な優しさを、知ってしまったから。




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