それは甘露のような恋


「よし、できた!」

ふわりと甘い香りが立ち上る中、
目の前で焼き上がったクッキーを満足げに見る。
焼き方に慣れた分、今回は前よりも良い出来だと思う。
一つ、試しに食べてみる。

「うん、おいしい」

これならまた皆に喜んでもらえそう。

と、そこまで考えて、辺りをキョロキョロと窺う。
今日の警護は確か秋夜ではないはず。
今現れないのならクッキーを焼いていたこともバレないだろう。
それを確認して、そそくさと片付けを終わらせる。

彼は甘いものに目がないから、きっとまた一人で全部食べてしまうだろう。
見つからないうちに皆の分を分けておかなきゃいけない。
それに、実は秋夜に渡す分のクッキーは特に甘くして、大きめに作っておいてある。
バレると恥ずかしいので、前もって分けておきたいというのもあった。

何より…秋夜を驚かせたい、という気持ちが大きかった。
作ったことを知らせずに渡せば、前よりも喜んでくれるんじゃないか、と。
以前、その喜ぶ姿が、普段からは想像も出来ないもので
思わずかわいいと思ってしまったことを覚えている。

(驚いたよね、あれは…)

思い出して顔が綻びそうになった。いけないいけない。







一通り片付け終わり、とりあえず作っていた形跡は消せた。
これであとは皆に持って行くだけ。
そう思っていたところに、

「御使い様」

突然後ろから声をかけられた。
気配もなく現れた秋夜に吃驚して、情けないことにへたり込んでしまいそうになった。

「しゅ、秋夜…!驚かさないで…」
「すまない、気配を消すのが癖で」

そうか、彼は忍びだもの。当然のことだ。
でも危なかった。クッキーを作っていたこと、バレてない…よね?

「御使い様、何故ここに?」
「う、うん…ちょっとね」

我ながら怪しすぎる返し方だった。
急すぎてまともな言い訳も思いつかないとはいえ。
その証拠に秋夜は此方を少し訝しんでいるように見える。

かと思えば、何かに気付いたような表情に変わった。
秋夜は急に近付いてくると、私の耳元あたりに顔を寄せてきた。
その所為で、耳にダイレクトに吐息を感じる。

「え、ちょっ…しゅ、秋夜?!」

吃驚して体を引こうとするが、
秋夜に両腕をがっちりと抑え込まれてしまって動けない。

「…あまい、匂いがする」

顔を寄せていた秋夜がぽつりと呟いた一言。
ああ、しまった。
周りは片付けたけど、自分自身に匂いが残ってるとは気付かなかった。
これはもう潔く教えてしまった方がいいかもしれない。

「…秋夜、これあげる」

隠しておいた一番大きな包みを秋夜に渡す。
最初は不思議そうにしていたが、中身を見た途端に目の色を変えたのが分かった。
だが、以前の自分の失態(周りの声を聞かずに夢中で全て平らげてしまった)を
反省しているのか、すぐには食べずに此方の様子を窺っているようだ。
あの無表情の秋夜が顔におもいきり「食べていいか?」と書いている。

「いいよ、全部秋夜に作ったものだから」
「そうか」

淡々とした短い返事とは裏腹に、嬉しそうにクッキーを頬張る秋夜。
こんなに喜んでもらえるなんて、作り甲斐がある。

特に会話が弾むというわけではないが、和やかな空気が二人の間に漂う。
本当に美味しそうに食べるその姿を見ると、
嬉しいだけでなくこっちまで幸せな気分になってくる。
そんな中、秋夜はあっという間に渡したクッキーを平らげてしまったのは言うまでもない。

また今度、皆には内緒で甘いお菓子を作ってあげる、という約束をした。
何だか二人だけの秘密が出来たようで嬉しかったことは内緒にしておこう。




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