遠く呼ぶ声


遠く遠く、俺を呼ぶ声が聞こえる。

ぼんやりとした思考の中で、
その声の主が誰だかを漸く思い出した。
俺が全てを欲し、だが最後まで触れることも
名を呼ぶことも叶わなかった、人間の女。
その声は、涙で滲み掠れているようだった。
遠くに聞こえていたそれが、段々はっきりと鮮明に聞こえてくる。

――何故?
俺は確かに女の目の前で灰となって消滅したはずなのに。

漆黒に彩られた世界に光が差し込む。
重い瞼をそっと開けてみれば、眩しい世界が視界に広がった。
その中に浮かぶ、一つの人影。
逆光でよく見えないが、この影には見覚えがある。

「ウル、キオラ…?」

俺の名を呼んだのは、紛れもない、望んでいたあの声だった。
まだ違和感のある身体を起こそうとしたが、
女が勢いよく抱き着いてきた衝撃でまた仰向けへと逆戻りだ。

「良か…っ…良かったよぉ…!!」

俺の服を掴み、胸で泣きじゃくる女。
目元は赤く腫れ、顔が涙でぐしゃぐしゃだ。
その涙が俺を想って流したものなのだと分かると、
手に入れたばかりの“心”に熱が灯った気がした。

スッと女の涙を指で拭ってやる。
慣れない手付きで頭を撫でれば、女の涙は漸く落ち着いてきた。
倒れたままだった互いの体を起こし、再び交錯する視線。

「…俺は、消滅したはずではなかったのか」
「うん、あたしの能力で貴方の消滅を拒絶したの。
駄目だと思ったけど…本当に、良かった」

初めて見た、女の笑顔。
その笑顔は、太陽と比喩されるに相応しく眩しいものだった。
しかし、俺などを助けてどうするというのか。
虚無の象徴である自分が心を知ってしまった時点で、
俺の存在理由はなくなってしまったというのに。

「…何故」
「あたしね、もっと貴方と話したかった。
そして、ウルキオラのこと…これからもっと知りたい」

差し伸べられた、女の手。
僅かに躊躇して、それでも女の温かな手を取った。
もう離さないと言わんばかりに、ぎゅっとその手を握られる。
この胸の内から溢れるもの…これが、嬉しいという感情なのだと分かった。

「織姫」

自分でも意外なほど、柔らかな声で名を紡ぐ。
織姫は俺の顔を見ると頬を真っ赤に染めた。



彼女が俺の存在理由になってくれるのであれば、
この世界でもう一度生きてみるのも、悪くないかもしれない。





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