「京介なんか大っ嫌い!」
そう叫んでなまえはどこかに瞬間移動してしまった。
「………。」
どうしてこうなったんだっけ。
あぁそうだ、喧嘩したんだった。
きっかけなんて些細なことで、すぐに謝ればよかったのに。
意地になって勢い余って、なまえに出ていけなんて言ってしまった。
心の真ん中にぽっかりと穴があいたみたいで、元々弱っている心臓が痛み出す。
「く…ッ」
胸に手を当て、壁にもたれかかりながら座り込んだ。
苦しい。
発作を納めるには少しでも楽しいことを思い浮かべる方がいいのに、思い浮かぶのはさっきのことばかりだ。
『どうせ京介にはわからないよ!』
『別に構わないさ、わからなくたって。理解してもらえないのが嫌ならここを出ていけばいい。』
『ッ……』
『一緒にいる時間も長いし、もういいだろ。ほら、行きなよ。』
『え、京……』
そうだ、ここでやめればよかったんだ。
なのに意地になってしまったんだった。
『出てけよ。』
『ねぇ京介……』
『行けよ!顔も見たくない!!』
やめればいいものを…
『ッ、もういい。知らない。』
『何が、』
『京介なんか大っ嫌い!』
このまま帰ってこなければどうしようか。
そう考えるとさらに胸が痛くなる。
後々振り返ってみれば、悪いのは全部自分ではないか。
苛々し出して叫び出したなまえも少し悪いが、さすがに出ていけはキツすぎる。
「く…ぅ…ぁ……ッ、」
痛む胸を必死に手で押さえた。
心情的なものだけでなく、実際に発作が起きているのだからタチが悪い。
…大丈夫、なまえには行くところなんてない。
きっとすぐに帰ってくる…
そう自分に言い聞かせ、胸の痛みを和らげようと傍にあったカーテンの裾を握りしめた。
1週間が過ぎた。
なまえが戻ってくる気配はない。
いつでも帰ってこられるように部屋に鍵はかけてないが、入ってくるのは僕を心配してくれてるアジトに居る者ばかりだ。
それが嫌なわけではないが、やはりノックされる度に期待してしまう僕には結構堪える。
だが考えてみれば、瞬間移動で出ていった人間がドアを開けて帰ってくる可能性は低い。
早くなまえに会って謝りたい。
触れたい、笑顔が見たい。
探しに行けばいいのだが、彼女が出ていってからろくに寝ておらず食事もほとんど取っていない。
そんな体では探しに行くことは不可能だ。
見つける前に倒れるか、死んでしまう。
「なまえ…、」
もう何度呼んだかわからないが、それでもこない返事に期待して名前を呼ぶ。
目の辺りが熱くなり、目尻に溜まりきらなくなった涙が零れた。
そういえば、なまえと出会ってからこんなに離れたのは初めてだ。
僕もなまえもテレポートできるから、長期任務でも会うことができたからだ。
それも今回は叶わないが。
溜め息を吐いて目を瞑り、思い浮かぶなまえは泣いている。
彼女が出ていってすぐは笑顔も思い出せたが、最近は喧嘩してしまった最後の泣き顔しか思い出せない。
コンコン―――
ドアをノックする音が聞こえた。
学習したはずなのに、期待して目を見張ってドアの方を振り向いた。
「失礼します…」
入ってきたのは真木だ。
いつものようにお盆にご飯をのせて持っている。
「ッ、少佐!いい加減にしてください!!」
いくらか痩せて、不健康な生活をしている僕を真木は叱る。
放っておいてくれればいいのに。
「ちゃんと食べてください。でないと身体がもちませんよ。」
そう言って僕の前にお盆を持ってきた。
椅子に座って食べさせるのは諦めたらしい。
「お願いです、食べてください。あなたが倒れたら、なまえが悲しみます…」
抑えた苛立ちは僕を気遣ってくれているからだとはわかっている。
それでも…
「君には関係ないよ…」
その好意を無駄にしてしまう。
だが今回は真木も相当怒っていたようで引き下がらなかった。
「あなたが倒れてしまったら誰がなまえを迎えに行くんです!」
だから君には関係ないだろう!
そう叫ぼうとしたがやめた。
真木が少し俯いて、何か渋い顔をしている。
「…先ほど任務から帰ってくる途中、なまえを見つけました。」
「!!」
「今もそこに居ると思われます。」
なまえが見つかった。
その事実は喜ばしいことであったが、今の言葉には腹が立った。
「連れてきて、ないのか…?」
「はい、」
「何故連れてこなかった!」
この1週間出していないような大声を出した。
「連れてこようとなどすればなまえは逃げ出すでしょう。仮に連れてきたとしても不機嫌なまままた何処かへ行ってしまいます。」
真木は続けた。
「生活していたあとがありましたから、おそらく1週間動いてないでしょう。場所はお教えしますから、行って話をしてきてください…」
自分では考えもしなかったが、真木はそこまで考えていたらしい。
その言葉には説得力があった。
「ですから、そのためにもしっかり食べてください…!」
僕は、置かれたお盆の上にある箸を手に取った。
早くなまえのところに行きたくてなるべく早く食べた。
1週間ぶりにしっかり食べたせいで少し気分が悪い。
それでもなまえに会いたい気持ちの方が大きくてテレポートした。
向かった先、真木に教えてもらった場所は昔澪がいた廃屋。
扉をそっと開けると、なまえの姿が見えた。
こちらに背を向けてぼーっと座っているように見える。
「なまえ、」
名前を呼ぶと、体をビクッとさせてこちらを見た。
「きょう、すけ……?」
漸く見られたものの、その顔はやはり笑っていない。
ゆっくりと近づき、なまえの傍へ行く。
その間彼女は僕を見つめていて、隣に立ったときにはお互いしっかりと顔を見つめていた。
涙は流れていないが、目のまわりが腫れて赤くなっていることから、泣いていたのだとわかる。
「なまえ…」
もう一度名前を呼ぶと、なまえは泣き出した。
「きょう、すけ…、きょうすけぇ……」
泣かせに来たわけではないのに。
早く謝らなければ。
「なまえ、ごめ…」
「ごめんなさい…私、あんなこと言って…京介を怒らせてっ……ごめんなさい……ごめんなさい…!」
僕が謝りかけた途端、なまえが謝り出した。
悪いのは僕の方なのに、なまえは声を枯らして泣きながら謝っている。
「僕の方こそすまない…酷いことを言ってしまった……」
声が震える。
それを隠すように、なまえを抱き締めた。
以前より痩せた気がする、これは1週間ぶりで感覚を忘れているなんて理由じゃないだろう。
「もう絶対に君にあんなことを言ったりしない…だから…、嫌いにならないでくれ…」
思いを告げると、なまえの腕が僕の首にまわされた。
「嫌いになんかなってない…勢いで言っちゃっただけだから……、傍に居させて…」
そういえば、帰ってきてほしいと言ってなかった。
「勿論だ、なまえがいないとどうしようもなくなる…、僕からも頼むよ、帰ってきてくれ…!」
彼女はさらに泣いた。
「京介、だいすき…」
小さく言ったなまえ。
僕が顔をあげると彼女もあげた。
だが仲直りしても彼女の顔は涙で濡れている。
だから…
「僕もだ、愛してる…」
同じように愛を囁いて、顔が見えないよう口付けた。
唇を離した時、君が笑顔になっていますように…
END.
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