「真木ちゃん!」

「?」


なまえは前を歩いていた真木を呼び止めた。



「少佐が風邪ひいて倒れたってホント!?」

「あぁ。症状としては軽いんだが、あの歳だからな…」


困ったように言う真木。

それに少し驚きも入っていた。


普段物静かななまえがこんなにも焦りながら聞いてきたのだ。

他の者であっても驚いていただろう。


「そっか…」


80歳を越えた人間が風邪をひいたとなると、抵抗力も弱っていて軽い風邪でも危険になる可能性がある。


「危ないよね…」

「あぁ。」


パンドラにいる者全員が兵部の身を案じている。

この男は特に、だ。

だから他の者がしない兵部の看病をしているのだが…


「ねぇ真木ちゃん、今から少佐のところ行くの?」


「食器を下げに、な。静かに寝かせておきたいが、最低限の世話はしないと…」

「あたしに、やらせて?」


真木が話し終わる前になまえは言った。


「いや、しかし…」

「ちゃんとやるから!行ってきます!!」

「あ、おい!」


真木は引き止めたが、その声は虚しく届かなかった。


***



風邪をひいてしまった。

大したものじゃない、ただ少し熱があるだけだ。

それなのに真木のヤツ、僕をこんな部屋に閉じ込めやがって…


「ごほっ…ごほっ……」


出ていくことは容易いが、そのあとが面倒だ。

真木が怒り出すと何時間も小言を聞かされる。

考えただけで頭が痛くなってきた、全部真木のせいだ。






…ノックする音が聞こえた。

まったく…


「熱なら下がった。もういいだろ真…」

「…少佐?」


入ってきた相手を彼だと思い込み投げやりに言ったが、やって来たのはなまえだった。


「ご気分はいかがですか?」

「あ、あぁ…大丈夫だよ。」


何故彼女が来たのだろうか。

外出しているわけじゃないだろう、だってさっきお粥を持ってきたじゃないか。

別になまえが嫌だとか真木の方がいいとかそういうのではないのだが。


「ん…ッ」

「全然大丈夫じゃないじゃないですか。」


彼女は僕の首もとに手を当てて言った。


「しかも薬飲んでないじゃないですか!」

「苦いのヤダ。」

「苦いものを嫌うのは、味覚が幼稚な証拠ですよ。」


何て失礼なことを言うんだ。


「…いいぜ、飲んでやるよ。」


不本意だが、娘のようななまえに幼稚だなんて言われたのが悔しくて、無理矢理薬を飲んだ。

そして水で一気に流し込む。


「別に飲めないわけじゃない。」

「そのくらい当然です。」


可愛くない奴だ。

少しくらい病人を労るような言葉をかければいいのに。


「冷えピタ、交換しますね。」


そんな僕の心中など欠片も知らぬなまえは、一言断って僕の額に貼られたシートを剥がし出す。

そしてまだ新しく冷たいシートを貼ってくれた。

一応看病する気はあるようだ。


「ありがとう。」

「インフルエンザとか流行ってるんですから、気を付けてくださいよ。」

「あぁ、気を付けるよ。」

「最近気温の変化も激しいですし…」

「わかってるよ。」


実際、そんなに酷いものじゃない。

確かに倒れはしたが、体温が少し高いだけ、咳が少し出るだけなのだ。

みんなして心配しすぎだ。


「絶対ですよ。少佐が風邪なんかに負けて死んじゃっても、お墓なんか建ててあげませんからね…」

「それは困るな。じゃあ絶対拗らせないようにしないと。」


冗談めいた言い方をすると、なまえは笑った。


少しわかったことがある。

今でもみんな心配しすぎだと思うし、ここまでしなくていいと思う。

だが、こうして誰かに心配されて看病されるっていうのは、存外悪いものじゃない。

昔には無かった感情だ。


「ごほっ…ごほっ……」

「あぁ…ほら、ちゃんと布団被ってください。」


なまえはそう言って布団をかけ直してくれた。


「ありがとう。」

「治ったら看病した分返してもらいますから。」

「酷いなぁ。」


そうしてまた笑い合う。

布団のおかげで暖まった体と、何気ない会話が妙に心地いい。

先程の薬も効いてきたのだろうか、眠くなってきた。



***



「あ、やっと眠った。」


目を閉じて規則正しい寝息を立て始めた少佐。

さっきとは打って変わって何も話さない。


「いくつになっても変わらないんだから…」


目の前の人物の頬を軽くつついてみた。


「ん……」


眉間に少し皺を寄せ、鼻から抜けるような声を出したが起きる気配はなかった。


「どれだけ心配したと思ってるんですか。」


さらに頬をつついてみる。

男性らしい肉付きの少ない頬だが妙にさわり心地がよい。


「もっと自分の身体を大事にしてくださいよ。」


つつく度に声が漏れ、眉間にシワが寄る。

その度に目元も少し動き、長い睫毛が揺れた。


「まったく…」


しばらく頬をつついていたが、やがて手を止め、同じ側の頬を撫でた。


「しっかりしてよ、私たちのリーダーで…お父さんなんだから。」


そして額にそっと口付けた。

ただ彼を敬愛しての行為ではない。

でもそれは一生秘密だ。


「早くよくなってくださいよ。」


聞いていないであろう相手へ一方的に話し掛け、私は椅子から立ち上がる。

そして彼を起こさないようにそっと部屋を出た。

目を覚ましたとき、貴方の風邪がすっかり治ってますように…



END.



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