「さ、賢木先生!」
「ん?」
「あの、これ受け取ってください!」
差し出されたその箱を、持っている手ごと優しく包み微笑みかける。
ありがとう、嬉しいよ。
そう言って受け取ったこれは、何個目なんだろう。
賢木には常に複数人彼女がいる。
コメリカにいた頃に比べれば、実際に相手の子を見る機械は少なくなったけど、それでも見ないわけじゃない。
今だってほら、数十メートル先に賢木と彼女の内の1人らしき人物が見える。
「はぁ…」
時々バレて大変なことになるのに、どうしてやめないんだろう。
彼の浮気(そんな軽い言葉で表されるものではないが)を知った子はだいたい怒る。
だけど…
「また今年もすごい量だな。」
チルドレンの検査結果が出るのを待つために通された部屋には、文字通り山積みにされたプレゼントがあった。
今日は、賢木の誕生日なのだ。
「何でわざわざこの部屋で待たせるんだよ。」
「見せつけとんのか。」
薫も葵も文句を言っているが、彼女たちの言うことはたぶん間違ってないだろう。
きっと、自慢している。
「…おいおい、ここが一番涼しくて快適なんだぜ。文句言うなよ。」
「浮気してる女の子全員からプレゼントもらっても、全然自慢にならないわよ。」
「別に自慢なんかしてねぇって。」
結果を持ってきた賢木は、大変なんだぞスケジュール組むの、と言って軽く受け流し部屋の奥へと進む。
反対側の手に持っていた小さな箱は、山の一番上にちょこんと置かれた。
ここに来る途中また貰ったようだ。
「結果には何ら問題ない。頑張ったご褒美にケーキやるから感謝しろよ。」
「っ、それ貰ったやつじゃねーのかよ!」
「うっ…、でも美味しそう…」
上機嫌な賢木が冷蔵庫を開け、ケーキを取り出す。
皿とフォークを並べられ、実物を見た3人は早くも誘惑に負けているようだった。
「皆本、お前も食うだろ?」
「え、僕は…」
「食ってけって。日保ちしないもんは俺一人じゃ食べきれねぇ。」
じゃあ一人に絞りなさいよ!と後ろで叫んだ紫穂にニヤリと笑って、賢木は僕の分のケーキも用意する。
「女ってのは手作りのものを渡す自分に酔いしれる生き物なんだよ。」
「………」
「ま、そこが可愛かったりするんだけどな。」
…人のことをとやかく言う資格はないけど、この貰って当たり前みたいな態度はなんとかならないものか。
そう思いながらケーキを眺めていると、カツカツとヒールの音が聞こえてきた。
「あら、光一くん。」
足音の持ち主は、この部屋に用があるらしい。
「なまえ!」
現れた彼女は僕に気づくと笑顔を向けてくれた。
「こ、光一くん!?」
「誰やこの人!皆本はんのこと名前で呼んだで!!」
彼女を見た3人は驚き怒鳴っている。
そうか、会ったことなかったんだ。
「えっと…」
「私この子達と会うの初めて!そっか、光一くんホントに指揮官やってるんだ!」
目を輝かせてチルドレンを見る彼女に、見られる側は言葉をなくしている。
まぁ、驚くのも無理はないか。
「紹介するよ。彼女はなまえ。ここの研究員で、コメリカにいたときの僕らの同…」
「同期!?」
「まだそんな怪しい奴が!」
子供たちが一斉に喚き出す。
その反応が意外だったのかなまえはきょとんとしている。
だがすぐにクスクスと笑い出すと、3人の頭をぽんぽんと撫でた。
「キミたちの考えてることはハズレかな。」
「?」
「光一くんも素敵だけど、残念ながら私の相手はそっちじゃないのよ。」
苦笑を浮かべる彼女に、今度は3人がきょとんとしている。
そう、なまえは賢木の幼馴染みで、唯一浮気について怒らない彼女なのだ。
「相変わらずすごい量ね。」
「…っ……」
「私にも分けてよ、ケーキ。」
賢木の方へ歩み寄り、軽い調子で話しかける。
こういったことに疎い僕にさえわかるくらい、嫉妬というものをしていないように見える。
こちらから表情は見えないが、コーヒーを淹れていた賢木は固まってしまった。
「ちょっと。」
「っ、あぁ。わかった。」
淹れかけていたコーヒーをそのままに、賢木は彼女の分のケーキを用意する。
その様子に苦笑したなまえは、代わりに中断された作業の続きをしていた。
「…置いといたぜ。」
「え、私長居する気ないから箱に入れてほしかったのに。」
「は?じゃあ何で来たんだよ。」
「あら、そういうこと言うの?」
テーブルまで歩いていき、先程置かれたケーキをフォークでつつきながら笑う。
持っていた鞄から箱を取り出した彼女は、それを賢木に見せつけるようにチラつかせた。
「誕生日だからプレゼントを、と思ったんだけど…そうよね、こんなに貰ってるんだから要らないわよね。」
「…っ……」
「私じゃ使い道ないし、光一くんにあげるわ。」
「え、ちょっと…」
「じゃあまたね。」
「おい!!」
特に怒った様子もなく、僕にプレゼントを渡したなまえはケーキの載った皿とフォークを持ったまま部屋を出ていってしまった。
あげるって言われても…
「っ、皆本!それ俺にくれ!!」
行ってしまった彼女に向かって叫んでいた賢木は、急に向き直り僕にすがりついた。
「いや、元々キミのだし構わないけど…」
まだ開けていないそれを手渡す。
すると彼は子供のように無邪気な笑顔でサンキュー!と大声を出し、受け取ったものを丁寧に開け出した。
山の上には置かずに。
「………」
「ん、どうした?」
「え、いや…」
「なんや先生、顔赤いで?」
中身を確認した賢木は、見ていて気持ち悪いくらい照れている。
覗き込んでみると、プレゼントはネクタイのようだった。
賢木は口許を押さえて、いや、でもそんな…と言い続けている。
「…そんなに好きなら初めから一人に絞ればいいのよ。せっかくずっと一緒にいるのに。」
「いっ…!」
いつのまにかケーキを食べ終えた紫穂が賢木の手に触れて思考を読み取っていた。
油断していたようで、だいぶ筒抜けだったらしい。
「お前っ」
「案外望まれてるのかもしれないわよ。先生ならわかるんでしょ、女性がネクタイを贈る意味。」
「うっ…」
にっこりと笑う紫穂と、言葉に詰まった賢木。
僕にはその意味はわからないけど、なんとなく賢木のことはわかった。
今も昔もたくさん彼女を作っているけど、なまえには結構本気なようだ。
だけど、なまえの方はどうなんだろう。
彼女は賢木の浮気を咎めない人物だ。
仮にも付き合っているなら、賢木のことを好きなはずなのに。
一体どう思って……あれ?
「薫は?」
「ホンマや、おらへん!」
いつのまにか薫の姿が消えていた。
皿の上のケーキは残ったまま、フォークもテーブルに転がっている。
「ふーん。なるほどね…」
「え?」
「大丈夫よ。すぐ帰ってくると思うわ。」
おとなしく待ってましょ、と言って、紫穂は薫のケーキを一口食べている。
まぁ、紫穂がそういうなら大丈夫なのかもしれないけど…
「っ、なまえさん!」
「わっ…」
追いかけてきた薫が、なまえの腕を強く掴んだ。
歩みを止めたなまえは、何事かと振り返る。
「あなたは…確か、薫ちゃんだったよね。どうかした?」
「え、えっと…」
「ん?」
「っ、賢木先生のこと…!」
そう言った瞬間、なまえの表情が強張った。
だがすぐに元の笑みを見せ、それが気のせいであったように取り繕う。
「修二が何?」
「なまえさんは、あんな先生見て何とも思わないの!?」
「………」
彼女と会ったのは初めてだけど、賢木のことならよく知っている。
あの人の彼女でいるというのは、つらいことも多いと思う。
幼馴染みであるというのなら、なおさら。
「初めて会った人にそんなこと聞かれても困るだけだと思う。だけど…!」
「…ありがとう、優しいのね。」
先程部屋でしたのと同じように、なまえは薫の頭をぽんぽんと撫でる。
少し落ち着いた薫は、ゆっくりとなまえを見上げた。
「何とも思ってないって言ったら、嘘になるかもしれない。」
「………」
「だけど、だからと言って今すぐ他の子と切れろとは言えないわ。」
「そんな…」
これが本音なんだろう。
先程賢木の前で見せていた態度とは全然違う。
気にしていないわけがないのだ、賢木のことが好きなのだから。
「あ、修二には言わないでね。」
「え…」
「面倒な女だと思われたくないのよ。」
これ、ついでに返しといてちょうだい。
皿とフォークを渡してまた歩き出したなまえを、今度は追うことができなかった。
「遅いな、薫…」
「心配しなくてもすぐ帰ってくるわよ。」
運が良ければ、なまえさんも連れてね。
紫穂がそう付け足すと、離れたところにいる賢木の肩が大きく跳ねた。
興味ないフリをしているくせに、全然隠せていない。
「まったく…言っちゃえばいいのよ、意気地無し。」
「…………」
本当にその通りだ。
僕から見てもわかるくらい、賢木はなまえを好いている。
上手に回って優しくフォローするのが男の務めだと言う彼が、彼女相手では何もできていない。
苦手な相手ならはっきり拒絶するか、スルリとうまくかわしていくのに。
「複雑なのかな、色々と…」
23歳の純情
(いや、まさかあいつがそんな)
(独占したいなんて、言えるはずがない)
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