真木は目の前にあるパソコンの電源を落とし、静かに立ち上がった。
今日はいつもより仕事を終えるのが早いが、誰も咎める者はいないだろう。
一息ついて最愛の人物を思い浮かべると、自然と頬が緩んだのがわかった。
真木は仕事をしていた自室の奥にある、部屋の入り口ではない扉へ向かう。
そしてドアノブに手をかけ緩んでいた頬を引き締めると、その扉を開き中へと入っていった。
リビングにある、外に出るためのものではない扉が開き、なまえはそちらへと視線を移した。
「あら、今日はもういいの?」
「あぁ。」
現れたのは先程まで仕事をしていた真木だった。
あの扉に繋がっているのはとあるマンションの一室。
彼、真木司郎とその妻であるなまえの住まいだ。
それぞれがカタストロフィ号に私室を持っているが、夫婦らしさをより感じるようにとこの部屋を借りたのである。
たまたま任務のなかったなまえは、こうして真木の帰りを待つ形になっていた。
「早いのね。」
「今日は必要な分しかやってこなかったからな。」
「いつもより一時間以上早いから、パンドラに何かあったのかと思った。」
笑って言う彼女に、真木は眉を潜める。
「早く帰ってきたのが不満か。」
拗ねたように言った真木。
そんな彼の姿が可愛いと思えるのは、きっと彼女だけだろう。
「まさか。驚いただけよ、嬉しいわ。」
そう言って真木の首に腕を回し、頬に口付ける。
なまえのその行動に、真木は穏やかな表情をして彼女の頭を撫でた。
彼らが夫婦となったのは3ヶ月程前のこと。
ずっと恋人同士であった彼らは、ロビエトの国籍を手に入れてようやく婚姻届を出したのだ。
この部屋には結婚前から住んでいるが、暮らし始めてからまだ1年も経っておらず、新居といっても過言ではない。
「あ、あとちょっとでご飯できるからそれまで寛いでて。」
そう言ってなまえはキッチンへと姿を消した。
残された真木は彼女の後ろ姿を見て笑みを漏らす。
そして着ていたスーツを脱ぎ、ネクタイを解くと、それをしまいに行くためにこの部屋を出ていった。
「ご飯できたよ。」
リビングに戻りソファで新聞を読んでいた真木に、なまえが声をかける。
真木は手にしていた新聞を置き、彼女のいるキッチンへと赴いた。
「グラタンか。」
「今日は寒いし、ちょうどいいかなと思って。」
なまえがそう言うと、真木は近くにあったミトンを手にしてグラタンをオーブンから取り出す。
そしてそれを食卓へと運んだ。
なまえもサラダやスープを運ぶ。
すべて運び終えると、彼らはテーブルを挟み向かい合って席についた。
「いただきます。」
「いただきます。」
互いに微笑み、食事を始める。
「…うまいな。」
「本当?よかった、真木ちゃんの口に合って。」
彼の言葉になまえは嬉しそうに笑った。
「なまえの料理が口に合わなかったことなどないだろう?」
「だとしても、やっぱり美味しいって言われると嬉しいのよ。」
普通なかなか言われないのよ、と彼女が言えば、真木はそうかと小さく呟いた。
「そういえば…」
ほとんど食事も終わりに近付いた頃、真木が何か思い出したように言葉を発した。
「どうかした?」
「いや、このグラタン皿を見るのは初めてだと思ってな。」
彼がそう言えば、なまえは少しはにかむような笑みを浮かべる。
「ちょうど任務もなかったから今日買ってきたの。うちにはなかったでしょ?」
「ここで冬を越すのは初めてだからな。」
納得したように言い、真木は皿をまじまじと見つめた。
「…随分と可愛らしいデザインだが……」
「気に入らない?」
真っ白なものではなく、少し模様のあしらわれたデザイン。
形が変わっているそれは、ただ可愛いというものではなかった。
気に入らないと言われることを覚悟し、彼の反応を待つ。
「いや、気に入った。」
少し間をおいた後、真木はなまえの予想と反した言葉を発した。
「嘘…」
「そんなに驚くことか?」
目を見張り驚いた様子を露にするなまえに、真木は喉の奥で笑いながら言う。
「だって、こういうのは趣味じゃないでしょ?」
「確かにこれが俺の趣味だと言えば嘘になるが…」
そこで一旦言葉を切る。
そして目を伏せ、静かに言った。
「なまえらしさがよく出ている。」
だから気に入った、と続けた真木に、なまえは少々照れたように笑う。
「ありがとう。」
真木も彼女につられたように微笑んだ。
「ごちそうさま。」
「洗い物は俺がしておくからなまえは休んでいてくれ。」
食事が終わりなまえが席を立つと、真木は彼女にそう言った。
「でも悪いわ。」
「いい。気にせず休んでいろ。」
なまえの頭を撫で、勝手に食器をキッチンへと持っていく真木。
「…わかった、ありがと。」
そんな彼に、なまえは渋々といった様子で了承した。
本当は、疲れているだろうから家事はさせたくない。
2人とも任務がある日ならばそれでもいいが、今日のように自分が休みならば彼には休んでもらいたいのだ。
だが彼の性格からしてそれは難しいのだろう。
気遣ってくれるのはありがたいがもう少し自分のことも考えてほしいと、なまえは彼を見て溜め息をついた。
いつまでも食卓の横で立ち尽くしているわけにもいかないと思い、テレビの前にあるソファに腰かける。
何か面白いものはないかとチャンネルを変えるが、それほど興味をそそられるものもない。
スポーツ観戦する気にはなれず、仕方なくこの時間帯にやっているドラマを見ることにした。
だがやはり興味沸かない。
つまらない番組を見て、なまえはいつのまにか眠ってしまった。
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