「…すまなかった。」
静かにそう言えば、なまえの肩がピクリと跳ねた。
「からかわれているのだと、本気で思った。」
「ごめんなさい…」
「謝らなくていい。」
真木は静かに言い、彼女を見た。
彼女の表情も絶望の色は消え、少しは気持ちも穏やかになっただろうと感じさせられた。
彼が2、3歩彼女に歩み寄ると、なまえは彼の表情を伺うように見上げる。
そこには先程のような軽蔑の表情は見当たらなかった。
少なからず安堵する。
だが代わりに、一気に自分の気持ちを話してしまったことに対する羞恥が生まれた。
しかし、これでよかったのかもしれない。
少なくとも間違った解釈はされていないはずだ。
「なまえ、1つ聞きたいんだが…」
しかし、だからと言って結果がよくなったわけではない。
何を聞かれるのか、なまえの表情が強張る。
「…ずっと、とはいつからだ?」
「…っ……」
彼の質問に驚いた。
だが答えられないなどということはないし、答えたくないとも思わない。
彼女は目を細めて懐かしむように言った。
「真木ちゃんと出会って2日後の10時37分。」
すると真木は、フッと笑った。
「残念だが、俺の方が長い。」
「…え……?」
「俺は、お前と出会って…初めて顔を見た瞬間からだ。」
「…っ……」
それはつまり、真木も同じ気持ちだということ。
なまえの彼を見る見開かれた目から、涙が溢れて頬を伝った。
その様子に彼も驚く。
「っ、何も泣く程のことでは…!」
「だって…」
ずっと好きだった真木が自分を好いてくれていたのだ。
嬉しいし、涙が出るに決まっている。
真木が泣くなと言ってもそれは止まらない。
そんななまえに、真木は優しく微笑んだ。
そして彼女へと歩み寄り、その体をそっと抱き込む。
「まさかなまえの泣く姿が見られるとはな…」
昔から真木に対してはあまり喜怒哀楽を見せなかったなまえ。
だからこそ真木は驚き、今の状況に満足している。
「だって、そんな素振り一度も……!」
「それはお前も同じだろう。」
なまえの肩がピクリと跳ねた。
「……ずっと、隠し続けてきた…」
今度は自分の番だというように、真木は彼女を緩く抱いたまま話し始める。
「知られて嫌われるのが怖かった。だが、想い続けて15年…そろそろ告げるべきだと思った…」
「…っ……」
どこかで聞いたような話だと思った。
「リビングで話したとき、その事について言おうとした。もしかしたらそのせいで、感情が表に出ていたかもしれない。」
「っ、いつも以上に、無感情だったわ…」
なまえがそう言うと、真木は苦笑した。
「気が張っていたからな。だからこそ、お前が俺の気持ちに気付いてからかって告白してきたのかと思った。」
「違っ……」
「あぁ、違った。お前も俺と同じことを想っていてくれた。だからもう、隠す必要はない…」
抱き締める腕に、少し力が込もる。
「好きだ。」
「…っ……」
彼の口から実際に好きだと言う言葉が出たのはこれが初めてだった。
「好きだ、なまえ……」
いつもの抑揚のない声ではなく、甘い響きの重低音。
切な気に、少し苦しそうに紡がれた言葉に、なまえはまた涙を流した。
真木は彼女の肩に顔を埋める。
「ま……」
「やっと言えた…、好きだ、なまえ……」
後頭部を手で支え、真木は彼女の首筋にキスを落としていく。
やがてそれは離れていき、彼らは互いに見つめ合った。
目が合い、そっと微笑む。
「真木ちゃん…」
「壁を作っていた15年の詳細を、あとでじっくり聞かせてもらわないとな…」
そして真木の唇がなまえのそれと重なった。
ただ唇を合わせただけの、子供のようなキス。
だがそれが、彼らが初めて他人と唇を合わせた瞬間だった。
END.
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