ある豪華客船。
そこでは今パーティーが行われている。
パンドラのメンバーはそこに遊びに来ていた。
「あら…どなた?あちらの貴公子…」
「エキゾチックな瞳、輝く銀髪…東洋の神秘ね……」
「もう一人も野性的で悪くないわ…」
「隣に居る娘は何なのかしら…」
少し離れた場所から、女性が彼らの噂をしている。
彼ら――兵部、真木、コレミツ、なまえは一斉にそちらを向いた。
そして兵部だけが笑顔で手を振る。
女性たちは黄色い声をあげて叫んだ。
「真木、君はどうも堅物でいけないねぇ。少しは楽しんだらどうだい?」
「遊びに来たわけでは…」
「照れるなよ。それに今日は遊びに来てるだろ?まったく…やっぱり初だね。」
「なっ…誰が!」
以前のように、赤くなって否定する真木。
「じゃあ、少しは反応してあげなよ。それとも返せない理由でもあるのかい?」
兵部は少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「それは…」
言葉に詰まり、真木はなまえを横目で見る。
「真木ちゃん、手くらい振ってあげればいいのに。」
視線を感じたなまえは彼の方を向き、さらりと笑いながら言った。
「…っ……」
そんな反応に真木は少し憤りを覚える。
仮にも彼氏である男が他の女性に噂されているのに、彼女は気にならないのかと。
つまりは少し嫉妬してほしかったのだ。
「なまえは気にしないのかい?」
「何をです?」
気付いていないのか、わかっていながらも気にならないのか。
兵部はやれやれといった様子で長く息を吐いた。
「まあいいや。あとは2人で楽しみな。行くぞ、コレミツ。」
2人が他所へ行ってしまい、残された真木となまえはまわりに他人がいるものの、2人きりになってしまった。
兵部は気を遣ってくれたのだろうが、少し気まずい空気だ。
心の中でそう呟き、真木はちらりと彼女を見る。
「あら、少佐もコレミツも行っちゃうのね。」
呑気な口調で彼女は言った。
「何処に行くのかしら。」
そっちを気にするな。
俺の方に意識を向けろ、というように真木は鋭い目つきでなまえを見る。
するとようやく彼の視線に漸く気付いたようで、彼女は彼へと目を向けた。
「2人になったわね……どうかした?」
「どうかした、じゃないだろう。」
首を傾げたなまえに、真木は最早諦めたように息をついた。
彼女には嫉妬や独占欲といった類いのものはないのだろうか。
異常なまでにそういった感情があるのは困るが、全くないのも悲しい。
真木が心の中で葛藤していると、いつのまにか傍に彼女の姿がなくなっていることに気が付いた。
「なまえ…?」
辺りを見回すが、姿は見当たらない。
だがもう少し広範囲を見渡してみると、離れた立食スペースにいるのが見えた。
おそらくケーキの類いであろうものを美味しそうに食べている。
風貌や口調などは大人びたが、そんなところは変わっていないなと真木は苦笑した。
一応自分が聞こえていなかっただけで声もかけられていたのだろう。
フッと笑って彼女の姿を遠巻きに見つめる。
だが暫くすると、なまえに数人の男が寄ってくるのが見えた。
「キミ可愛いね。」
「1人?」
この船のチケットは懸賞の景品にも出されていたため、どんな人物が乗っているかわからない。
常識のある者も、そうでない者もいる。
彼らの場合は正しく後者だろう。
なまえをナンパするその姿は軽薄そうで、いかにもその場だけといった奴らだ。
そんな奴らになまえが引っ掛かるはずはない。
だがいつもの彼女ならばあり得ないことに、男が腰に手を回しても振り払おうとしなかった。
「っ、あの馬鹿…!」
真木は考えるより早くその場から離れる。
そして速足に彼らへと近付いた。
なまえの腰に回されている腕を払い、真木は彼女を抱き寄せる。
「悪いがこいつは1人じゃない。行くぞ。」
そう言って、有無を言わせずなまえをその場から引き離し、腕を引いて会場から出た。
連れてきたのは人気のない甲板。
2人だけになりようやく真木は足を止めて彼女を振り返った。
「何をしてるんだお前は!!」
「っ、痛いわ真木ちゃん、離して。」
きつい口調で怒鳴る彼に、なまえは静かに告げる。
真木は渋々手を離した。
彼女の腕には捕まれた痕が残り、赤くなっている。
心配だからこそ怒るのだ。
そう思うのに、気にしていない様子のなまえに苛々する。
そんな真木を知ってか知らずか、なまえは彼をじっと見つめる。
視線を感じ、真木も見つめ返した。
「1ついいかしら。」
「……何だ。」
「…真木ちゃんって、野性的で悪くないわね。」
特にそんなことを思った様子もないなまえに突然言われ、真木は目を見開く。
驚きというよりはやはり怒りの方が強かった。
「何を言い出すんだ。」
「あなたを見てそう思ったから言ったのよ。」
彼女はそう言い、甲板の先へと歩いていく。
下らない言い争いや、彼女の素っ気ない態度、このままでは離れていってしまうのではないか。
そんな不安が過り、真木は彼女の名を呼んだ。
「なまえ!」
そして歩み寄り、後ろから抱き締める。
「っ、真木ちゃん…!」
離れてしまうのは、嫌だ。
「悪くない、程度なのか?」
「…っ……?」
「その程度にしか、思っていなかったのか。」
自分の中を、言い様の無い不安が駆け巡る。
所詮なまえの中では自分もさっきの奴らも同じようなものなのか。
好きなのだと、愛しているのだと思っていたのは自分だけだったのか。
真実を知りたいわけではなく、彼女に愛されているという事実が欲しかった。
「なまえ…」
抱きしめる力をさらに強める。
するとなまえは小さく息をついた。
「…やっと出した。」
「な……」
彼女の言葉の意味ががわからず、一瞬力を緩めてしまう。
そのスキになまえは真木から離れて向き合った。
「そんなわけないでしょ。気付いてないみたいだから言うけど、さっきの台詞、あの人たちに言われていたのと同じものよ。」
彼女に言われて初めて気付いた真木は、羞恥からか少し頬を赤くする。
「じゃあさっきの奴らは…!」
「残念だけどあれは偶然よ。ただ真木ちゃんを妬かせたくて、嫌そうな素振りは見せなかったけどね。」
なまえは苦笑した。
そんな彼女を真木は軽く睨む。
「まったく、そのせいで俺がどれだけ…」
「あら妬いてくれたの?」
「当たり前だ。」
目を伏せ、静かに言った。
「よかった。全く気にしないかと思ってた。」
「お前こそどうなんだ。」
「私だって嫉妬した。だって真木ちゃん、あの人たちに悪くないって言われただけで赤くなるんだもの。」
「なら何故あのときに手を振ってやれなどと…!」
焦った様子の真木が可笑しくて、なまえはクスッと笑った。
「素直に言うのが嫌だったのよ。」
恥ずかしいでしょ、と彼女は付け加える。
真木はその言葉に眉をしかめた。
そして目の前にいる彼女をまた抱き締める。
「恥ずかしいなどと言うな。」
「…っ……」
「恥ずかしいことなど何もない。だから、少し難しいかもしれないが思ったことを素直に言ってほしい…」
そうすれば、互いに思い違うこともないだろう。
最後に心中で呟いて、腕の中にいるなまえの首筋に口付ける。
「…真木ちゃん、好きだよ……」
掠れ気味の彼女の声。
「俺もだ。もう一生治らないだろうな…」
自分はこの女性が本当に好きなのだろう。
それこそ、好きすぎるほどに。
「だから、責任とれ…」
好きにさせてしまった責任を。
「喜んでとらせてもらうわ。」
真木から見えない位置で頬を赤く染め、なまえは答える。
そして抱き締められたまま、少し首を動かして彼の頬に口付けた。
END.
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