今日は3月14日、いわゆるホワイトデー。

この日、パンドラアジト内でも男性陣から女性陣にバレンタインのお返しが渡されていた。

ここにいるなまえも例外ではない。


リビングに一歩足を踏み入れれば、バレンタインにチョコレートを渡した相手がお返しをと近付いてくる。


「はい、なまえ。」


他の者より少し早くなまえに気付いた兵部が、彼女に近付いてきた。

渡されたものはシンプルな紙袋。

しかし側面に書かれた店名とデザインから、有名な菓子店のものだとわかる。


「今年は真木を連れてって一緒に選んでもらったんだ。あいつの選んだものなら大丈夫だろ?」


昨年思いきり嫌な顔をされたため、今年は選ぶのを手伝ってもらったのだと彼は言う。


「ありがとうございます。」


いくらか微笑んで、例を言う。

これを選んだのが目の前の人物だけでなく、彼もだという事実にさらに口許が弛んだ。


「こちらこそ、バレンタインの時はありがとう。美味しかったよ。」


手作りじゃなかったのは残念だけどね、と兵部は付け加える。

その台詞になまえは苦笑した。


そのとき、向こう側に真木がいるのを見つけた。

彼も他の男性同様バレンタインのお返しを配っている。

幹部の彼は多くの女性からチョコレートをもらったため、同じだけの女性に返していた。


真木は毎年手作りのものを配る。

義理だとしてもくれたのだからと、返すものは自分で作るのだ。

今年もきっとそうなのだろう。

料理の上手い彼のつくる菓子は美味しいし、もしかしたらそれ目当てでチョコレートを渡す女性もいるかもしれない。


「…どうかしたのかい?」

「っ、あ、いえ…」


ずっと真木に気をとられていたため、目の前の兵部のことをすっかり忘れていた。


「そうかい?じゃあまたね。」


軽く手を振り、彼はまた他の女性のもとへと行ってしまった。



「なまえー。」


なまえもまた他の男性に声をかけられる。

そしてお返しを渡される。

そんなやり取りが数回続いた。





バレンタインの時に渡した相手全員からのお返しを受け取ったなまえは、それらを抱えてリビングを出た。

廊下を歩き自室に向かう。

そんなとき、頭を過ったのは先程の真木のことだった。

彼が手作りの菓子を渡すのは毎年のこと。

今さら嫉妬などしても仕方がないし、する気もない。

かくいう自分も、昔は彼のお返しを楽しみにしていたのだ。

味云々ではなく彼の手作りというところに魅力を感じていたのだが、周りからすれば見た目の大差はないのだろう。

あの頃は真木が自分に気があるなどと微塵も思っていなかったが、それでも随分喜んだものだ。

なまえは当時を思い出して一人微笑む。

回想に浸りながら歩いていると、自室の前にすぐ着いてしまった。

ドアを開けて中に入り、抱えていたものをテーブルの上に置く。

そしてなまえはごろりとソファに身を投げ出した。


「お返し、ね…」


嫉妬はしない。

しかし、少し妬ける。

意味合い的には同じなのだが、こちらの方が少し柔らかい感じがした。

自分はバレンタインの時に私のチョコレートを気にしたくせに、となまえは小さくごちる。


横になったせいか眠くなったなまえは、そのままソファで眠ってしまった。






「なまえ…?」


リビングでバレンタインのお返しを配り終えた真木は、なまえの部屋へとやって来た。

だがノックをしても返事はない。

入っても大丈夫だろう、そう思った真木は、勝手に入ることに少し申し訳なさを感じたがドアを開けた。

部屋に入り辺りを見回す。

するとソファで眠っているなまえが視界に入った。


「…まったく、風邪をひくぞ…」


彼女に近付き、眠っている彼女の頬を優しく撫でる。

くすぐったそうに眉をピクリと動かしたなまえに、真木は目を細めた。

そして向かい側のソファにまわり、腰を下ろす。


「…………」


そのとき、テーブルの上にある数個の包みが目に入った。

バレンタインの時と同じように、なまえからチョコレートを渡された数人の者のことを考える。

しかし、前回とは違い彼らは自分とは違うということにしっかりと確信が持てる。

眉間に皺を寄せていた真木だが、これからすることに対するなまえの反応を色々と考え僅かに頬を弛ませた。





「………ん……」

「…起きたか。」

「…っ……!」


なまえが目を覚ますと、向かい側のソファに真木が座っていた。

驚いて勢いよく上体を起こすと、同時にはらりと何かが落ちる。

気が付かなかったが、どうやら眠っている間に真木が毛布をかけてくれたようだ。


「ありがとう。」

「あぁ。」


一度こちらに視線を向けてすぐに逸らす。

彼らしい反応になまえは小さく笑んだ。


「起こしてくれてもよかったのよ?」

「いや、気持ち良さそうに眠っていたんでな。疲れているんだろう。」


そう言いながら彼は立ち上がり、移動してなまえの隣に腰を下ろした。



「……なまえ。」

「何?」


真木の方を向き、答える。

言いたいことなどわかっているだろうに、わざわざ聞いたなまえに真木は少し眉を寄せる。


「これを。」


それだけ言った真木は、箱を取り出しなまえに渡した。

彼女の手に収まったそれは、赤い毛糸で飾られたピンクの箱。

彼にしては珍しいデザインだ。


「ありがとう、嬉しいわ。」


なまえは笑い、もらった箱をまじまじと見つめる。

その行動で、実はあまり喜んでいないのかと勘違いした真木は、申し訳なさそうに付け加えた。


「すまない、リボンがなかったんだ。」

「……っ………」



元々こういうデザインではなかったのか。

なまえはそれを聞き落胆した。

リボンがなかったというのは、他の人の分に使ってしまったからということなのだろうか。

恋人の分は、あとから謝っておけば適当に済ませられると思われたのだろうか。


酷く落ち込むなまえの隣に座る真木は、彼女の方を見ず静かに話し出した。


「今年は……」


どんなことを聞かされるのかとなまえは身を固くする。


「…それしか作らなかった。」

「……っ………」


その瞬間なまえは顔をあげて真木を見た。

いつの間にか彼もなまえを見つめている。

目が合うと、真木はそっと目を伏せた。


「今年のバレンタインのことで、やはり手作りのものはなまえに渡すものだけの方がいいと思った。」


彼の話をなまえは黙って聞く。


「嫉妬されるなどという自惚れたことは思ってないが、その方が少しは気分もいいだろうと思ってな…」


そう言って真木は微かに笑った。


「でも、リボンがなかったって…」


「…何故かどこに行っても目当ての色が売ってなかったんだ。」

「…なん、だ……」


少し戸惑いがちに問い返したなまえは、その答えでいくらかほっとしたように笑った。


「他の人の分に使っちゃって、リボンが残ってなかったのかと思ったわ。」


へらりと気の抜けた笑みを向けてなまえが言えば、真木はその台詞に眉を寄せる。


「だから今年はそれしか作ってないと…」

「…うん。だからそれ聞いて驚いた。疑ってごめんなさい。」


なまえは手の中にある箱をいとおしそうに撫でる。

目当ての色がなくてこれになったということは、彼は赤いリボンがしたかったのだろうか。


「何色でもよかったのに…」


そんなに拘ってもらわなくても、と言って小さく笑うと、真木は眉を寄せた。


「ねぇ、開けてもいい?」


嬉しそうな表情で問うなまえ。


「あぁ。だが、その糸は切るなよ。」


少し険しい顔をしたまま真木は返した。

その言葉になまえは疑問を感じたが、普通切って開けたりしないのにと笑って糸を解いた。



「わぁ…」


箱を開けて中身を見れば、そこに入っていたのは彼お手製のクッキー。


「ありがとう。」


礼を言って笑えば、真木もまた微笑み返してくれた。

しかしその表情がどこか複雑そうだったのは気のせいだろうか。


「またあとで頂くわね。」


嬉しそうな顔をして、なまえは箱に蓋をする。

そして同じように赤い毛糸を結ぼうとした。

だがそのとき何かに気付き、彼女は驚いたように顔をあげた。


「っ、司郎、これって…!」


結びかけていた糸を持ち、それと真木を交互に見る。


「赤い、糸……?」


そう聞けば、彼は目を逸らした。

その頬はうっすらと赤い。


「嘘……」


まさか彼がそんなことを思っていたとは。

驚きでなまえは未だに真木と毛糸を交互に見つめている。

真木は、目を逸らしたまま観念したようにゆっくりと口を開いた。


「…柄ではないと、わかってはいた。」


静かな空間に彼の低い声が響く。


「だが、そうであると…そうであってほしいと思ってな…」


この人は、自分が何を言っているのかわかっているんだろうか。

こういうことを平気でするくせに、時間が経つと羞恥で後悔してしまう。

今だって顔を背けたまま、こちらを見ようともしない。

だがそんな彼が愛しくて堪らなかった。


「…大丈夫よ。」


なまえは真木の頬に手を添えて、自分の方へ向けさせる。


「私もそう信じてる。絶対繋がってるわ。」


だってこんなに長い間お互いを想い合ってるでしょ?

そう言ってなまえは微笑んだ。


「……そうだな。」


真木もそれに応えるよう小さく微笑む。

すると、なまえは少し体を真木に凭れさせた。


「それと、さっきのだけどね…」


あまり大きくない声で、ゆっくりと話し出す。


「…嫉妬はしなかったけど、ちょっと妬いたわ。」


そう言われると、真木は彼女を直視しないよう上を向いて目を伏せた。


「……そうか。」


不意を突かれた一言に、ドキドキしたのを悟られないよう小さく息をついて自分を落ち着かせる。

だが腕は、そっと彼女の背中にまわした。



「ねぇ司郎。」


しばらくそのままでいたなまえが、彼の名を呼んで体を離す。

何事かと真木は彼女を見た。

その眉間に皺はない。

そんな彼を一瞥したなまえは、もう一度微笑んで彼の手をとった。

そして先程の毛糸を彼の小指に結ぶ。

反対側を自分の小指にも結んだなまえは、真木にも見えるよう手を目の高さにあげた。


「これって、こういうことでしょ?」


笑顔のまま言った彼女に、真木は少し間を置いてから返事をした。


「?……どうしたの?」

「いや、まさかそんな風にされるとは思ってなかったんでな…」


真木が困ったようにそう言うと、なまえは両手で毛糸が結ばれた方の彼の手をそっと握った。


「リボンが売ってなくてよかったわ。こっちの方がそれっぽく見えるもの。」

「……あぁ、そうだな。」


笑みを返した真木に、なまえは手に込める力を少し強めた。


「一生大切にするから。」

「たかが毛糸だぞ。」

「それでも、私にとっては特別だもの。」


そう言いきった彼女がひどくいとおしい。


「なまえ…」


少し熱っぽさを含んだ声で名を呼び、空いている方の手で真木はなまえを抱き寄せる。


「好き。」
「愛している。」


言葉が重なり、2人は自分たちの体で互いの腕とそれらを繋ぐ赤い糸を挟んだ状態で笑った。



END.



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