「ねぇあのお店、何処で知ったの?」


約束通り食事に来た真木となまえ。

2人は今、その食事を終えてクリスマスの街中を歩いていた。


「たまたまあの店にしただけだ。」

「本当?」

「俺が誰かを誘ってあんな場所に行くと思うか?」


真木が笑いながら言えば、なまえは首を振って否定した。


「でも、行く場所言ってくれなかったから着いたときは驚いたわ。」


彼らが行ったのはホテルの最上階にあるレストラン。

例のサンタコスチュームで行けるような場所ではなかったのだ。

真木に言われて着替えたため、そういったことで恥をかくことはなかったが。


「あの格好じゃなくてよかっただろう。」

「そうだけど…」


今はコートを着ているためなまえの選んだ大人の時間を過ごすのに相応しい服は見えないが、あれはかなり薄い。

加えて外の気温が低いため、会話の途中で彼女はブルリと震えた。


「だからあれ程防寒しろと…」

「この服を選んだのは司郎でしょ?」

「その上にもっと着込むかと思っていたんだ。」


歩きながら、眉間に皺を寄せて話す真木。


「だいたい、瞬間移動で帰ればよかっただろう。」

「嫌よ。せっかくのクリスマスなんだから外の世界を楽しみたいじゃない。」


なまえの言葉に彼は小さく溜め息をついた。

そしてぶっきらぼうに彼女の手を握り、一緒に自分のコートのポケットに入れる。


「…手袋くらいしてこい。」

「今度からは気を付けるわ。」


彼の行動に少し驚きつつも、なまえは笑って返した。

手から伝わる彼の体温が心地いい。


しばらく並んで歩いていると、彼女は何かを見つけたらしく立ち止まった。


「どうした?」

「司郎、あれ。」


そう言って彼女が指差したのはずらりと並んだ建物の1つである宝石店。


「あそこのショーウィンドウに飾ってあるネックレス、いいと思わない?」


宝石にあまり興味はなく、そこまで真剣には考えていなかったが、振り向いた瞬間真木は顔色が変わった。


「な…!」

「クリスマスだし、買おうかしら。」


ちょっと見てきてもいいかと聞き、なまえは繋がれた手をほどいて店の入り口へと向かう。


「っ、なまえ!」


だが離れた腕を真木に強引に掴まれ、入ることは叶わなかった。


「今日は酒も飲んで酔っているだろう。また明日来ればいい。」

「な、ちょっと…!」


そのまま引っ張るようにして真木は進み続ける。

随分と強引な彼を見てなまえは仕方なく、場所は覚えたしね、と言って諦めた。


「別に買ってくれって言ったわけじゃなかったのよ?」

「わかっている。」

「じゃあ…」

「お互い酔っているから早く帰った方がいいと、そう言っているだろう。」


真木はなまえの手をまた自分のポケットへと入れた。

もう強制的に連れるような歩き方ではない。



それから2人は会話を楽しみながら家路についた。

あまりクリスマスらしい甘い会話はしなかったが、それでも普段よりは話したし、楽しい時間を過ごしている。

パンドラが契約しているマンションに着く頃には酔いもすっかり醒めていた。

元々それほど酔っていたわけでもなかったのだが。



鍵を開けて中に入り、奥にある扉からカタストロフィ号に戻る。

真木の部屋に移動した2人は小さなテーブルを挟んで向かい合わせになってソファに座った。


「楽しかったわ。」


なまえがそう言えば、真木は、あぁ、と返す。


「…そうだ、」

「何?」

「もう酔いは醒めたか?」


そんな素振りを見せたつもりはなかったのだが、彼は心配したのかそう尋ねる。


「もともとそんなに酔ってないわよ。」

「そうか。」


微かに笑って返事をした真木は、ソファから立ち上がって歩き出した。


「どこに行くの?」


不思議そうになまえが問えば、彼は振り返って笑みを向ける。


「飲み直しだ。」


それだけ言い残してまた歩き出した真木に、なまえは苦笑した。


暫くすれば、彼はグラスとボトルを持って帰ってくる。

それらをテーブルに置き、もう一度ソファに座った。


「あら、コロナじゃなくていいの?」

「クリスマスだからな。」


目の前にはシャンパンのボトルとグラスが2つ。

真木はそれを開けてグラスに注いだ。


「ありがとう。」


微笑んで礼を言えば、彼もまた笑みを返す。


「Merry Christmas.」

「今日何回目かしらね。」


互いのグラスをカチンと合わせ、中のシャンパンを煽る。

適度なアルコールが心地良い。


「なまえ。」

「ん?」

「少し、目を瞑ってくれないか?」


そう言われ、彼から発せられた言葉に疑問を抱きつつもなまえは目を瞑った。

キスでもするのだろうか。

だがいつもはそんな風に畏まってしたりはしない。

そんな風に色々と考えていると、何かがなまえの目を覆った。


「っ、何?」

「じっとしてくれ。」


恐らく彼女の目を覆ったのは真木の髪でてきた炭素繊維だろう。

そこまでして何を隠しているのか。


「ねぇ…」


話しかけても真木は無視を極め込む。

少し不安になったところで、不意に首に何かが当たった気がした。


「……もういいぞ。」


真木がそう言うと、同時に炭素繊維も離れていった。

なまえはそっと目を開ける。


「っ、これ…!」


首に感じた違和感でそちらに目を向ければ、そこにはネックレスがかけられていた。

だが、初めて見たものではない。

今日の帰り道で偶然見つけて気に入ったネックレス。

それが自分の首にかかっているのだ。


なまえは驚きで目を見開いて真木を見る。


「いつ買ったの…?」

「…一昨日だ。」

「嘘……」


一昨日ならば、まだなまえはこれを見てはいない。


「なまえに似合うと思って買ったんだが…今日の帰りにこれと同じものを買うと言われたときは本当に焦った。」


真木は苦笑した。

偶然というのは恐ろしい。

だがそれは、とても喜ぶべきことなのではないか。


「それであんな強引に引っ張ったの?」

「あぁ。買われてしまえばこれは捨てるしかなくなるからな。」


そう言って真木はなまえの首元を撫でる。

彼女はピクンと反応し、自分の首にかかったネックレスに触れた。


「私が自分で買ってたら、司郎が買った分は司郎がつければよかったのよ。」

「っ、女物だろう…」

「似合うんじゃない?」


ふざけたように言えば、真木はなまえの頬を軽く小突く。


「いい加減にしろ。」

「あら、本気よ?」


こうして冗談を言い合えるのも、お互いを信頼し合っているからなんだろう。

そう思うと、自然に顔が綻んだ。


「どうした。」

「何でもないわ。」


そのままの表情で言えば、隠し事をされたのが気にくわなかったのか真木は目の前に置かれているグラスの中身を一気に飲み干した。

この動作が彼が拗ねたことによって行われたということに気付けるのは、おそらくなまえだけ。

それでも尚にやにやし続ける彼女を真木は睨み付けた。

目を逸らさず、手だけ動かしてグラスをテーブルに戻す。


「あ、そうだ。司郎。」

「…何だ。」

「プレゼント、何がいい?」


欲しいものをあげようと思って買ってないの、と苦笑しながらなまえは言う。

彼女の言葉に真木は小さく溜め息をついた。

そんな行動を目にし、買っていないことに呆れられたのかと少し不安がっていると、立ち上がった真木がなまえを見下ろした。

何をされるのだろうか。

ドキドキしながら彼から視線を外せないでいると、彼は移動してなまえの前まで歩み寄ってきた。


そして数秒見つめたあと、炭素繊維で彼女を持ち上げる。


「な…!」


驚いて何もできないでいると、真木はその間になまえが座っていたソファに腰を下ろし、彼女を自身の膝の上に乗せた。

互いが同じ方向を向き、なまえが後ろから抱き締められている状態。


「ちょっと、司郎…」

「…なまえが隠し事などせず、2人が円満に過ごせれば、それでいい。」


肩口に顔を埋めるようにし、首筋に舌を這わせながら真木はそう言った。

それこそが、自分が最も欲しているものなのだと。


「随分と素敵なことを言うのね。」

「クリスマスだからな。」

「それ、他の人にも言ったらプレゼントすぐに消すから。」

「それなら、一生分貰えるな。」


まったく、この男は。

逆に他の者にそのようなことを言わなければ、一生消えないと言っているのだろう。

すぐに照れたり恥ずかしがるくせに、真木はそんな甘い台詞を驚くほど簡単に言う。

それは甘いとわかっておらず無意識なのか、それとも私の前だからなのか。

後者であればいいのに、となまえは心の中で呟き願った。


いくらか緩んできた炭素から逃れ、なまえは真木の上に乗ったまま体の向きを変える。

彼の顔が見えるように向かい合わせになれば、目の前には幸せの中に不安の色を覗かせた彼の表情。

なまえは真木の髪を軽く撫で付け、柔らかく微笑んだ。


「さっきの嘘。司郎が私を愛さなくなっても、絶対離してあげないんだから。」


いとおしむようにゆっくりと言葉を紡げば、彼は驚愕に目を見開いた。


「驚い……んぅ!」


瞬間、なまえは真木に唇を塞がれた。

甘いが、少しだけ荒々しいキス。

舌を絡めて唾液の交わる音が部屋に響き渡る。

彼とこんなキスをしたのは久しぶりだ。

蕩けそうな頭の中で、なまえはぼんやりとそんなことを思った。

少し酸素が足りなくなってきたところで彼の唇が離れる。

唾液の糸が2人を繋ぎ、それが切れたのとほぼ同時になまえの口端を飲み込めなかった唾液が伝った。

真木はそれを自身の舌で舐めとる。


「っ、随分と激しいけど、何があったの?」

「……………」


少し恥ずかしくなったのか、真木はその先の言葉は紡がなかった。

そんな彼がひどく愛しい。


「…クリスマスだから、なんでしょ?」

「……あぁ。」


意地悪く笑って言えば、彼もまた同じように小さく口端をあげる。


「続き、する?」

「拒否権はないぞ。」

「必要ないわ。」


それが最後の言葉だった。

真木は膝の上からなまえを降ろし、自分もソファから立ち上がる。

そして彼女の腰を抱いて2人は真木のベッドへと行ってしまった。

沈む、2つの影。

残されたシャンパンのボトルから、結露によってついた水滴がツー、と流れた。



END.



.


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -