「トリックオアトリート!」

ドア越しの廊下から聞こえてくる無邪気な声と足音。

その騒音に、私は顔をしかめて目を伏せた。

もたれ掛かっているソファは座り心地がよくて気持ちがいい。


「…何故ここにいる。」


頭上から聞こえた声。

見上げれば、ソファの後ろに立った司郎が私を見下ろしている。



「彼女が彼氏の部屋に来るのに理由がいる?」


そう返すと、司郎は目を見開いて驚いたようだったが、すぐに目を伏せ小さく息をついた。

意外と彼女大事な彼は追い返したりせす、黙って私をこの部屋に居させてくれる。

その優しさに甘えてばかりいてはいけないのだが、ついいつの間にか甘えてしまう。

暫く司郎を見つめていると、また小さく息をついて私の隣に座った。


「大方、この騒ぎが嫌で逃げてきたんだろう。」

「………。」


この騒ぎ――

そう、今日は10月31日。

世間一般でいうハロウィンだ。

先程聞こえてきた無邪気な声と足音も、これが原因。

子供たちがはしゃぎ回ってお菓子を要求しに来るのだ。


「何処にいても絡まれる時は絡まれるだろう。」

「そんなことないわ。ここなら子供たちも来ないはずよ。」


少なくとも私の部屋にいるよりは、絡まれる可能性は低いだろう。


別に私は子供が嫌いな訳じゃない。

ただ、もうハロウィンだといって騒ぎ立てる歳ではないだけなのだ。


「だいたい、少佐が悪いのよ。いい歳して毎度毎度騒ぎ立てて…」

「……言うな。」


それは司郎もわかっているらしく、眉間の皺が少し深くなった。


「紅葉だってコレミツだって、参加したくなくて引き籠ってるでしょ?」


言い方は少し悪いが、他の大人もはしゃいだりせずに部屋でおとなしくしているはずだ。

少なくとも去年はそうだった。


「紅葉はちょうど任務で出ている。コレミツは…今年はリビングで菓子を配るらしい。」

「嘘!じゃあサボってるの私たちだけ!?」

「いや、俺は別にサボっているわけでは…」


そう言いながら段ボールを出してきた司郎。


「一応寄ってきた子供には渡すつもりでいる。」


つまり、その箱いっぱいに菓子が詰まっているということだ。

司郎がそんなに沢山の菓子を買い込む姿は想像しづらく面白いが、発せられた言葉の本来の意味に愕然とした。


「じゃあ、私だけ…?」

「その通りだよ、まったく。」


扉が開いた。

その先にいたのは、たくさんの子供たちを連れた少佐だった。

皆思い思いの仮装を楽しんで、手には沢山の菓子が入った籠が提げられている。


「ッ…少佐…!」

「行ってきな。」


ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた少佐は、その一言で子供たち全員を操っているようにも見えた。

実際、彼の一言の所為で子供たちが此方に集まってくる。


「トリックオアトリート!」

「なまえ姉ちゃんお菓子ちょうだい!」

「真木さんもお菓子ちょうだい!」


彼らはただ菓子が欲しいだけのようだ。

助けて、という視線を司郎に送ると、本日何度目かわからないため息をつき、全員に段ボールに入っていた菓子を渡し出してくれた。

子供たちはそれに夢中で私など忘れている。

ラッキーだと思った。

が、


「逃がさないよ。」


少佐に肩を掴まれた。

先程と同じ、意地の悪い笑みを浮かべたままだ。


「Trick or treat.」

「ッ……」


この行事に参加するつもりの無かった私は、当然菓子など持っていない。

だが相手は少佐だ。

“Trick or treat.”の意味を知る彼には、渡さなければ“悪戯”が返ってくるだろう。

非常にマズイ…


「あ、いや…その…」


なんとか逃げようとする私。

その時、背中に何かが当たった。

そっと触れてみれば、人の手の形に似た硬いもの。

そしてそれは、私の手に何かを残して退いてしまった。

残されたものを確認すると、私の手にあるのは小さな飴玉。

司郎が段ボールの中身の中から1つくれたのだ。


「はい。」


少佐にそれを渡せば、彼は怪訝そうな顔をする。


「これだけかい?」

「量に規定はありませんから。」


自信たっぷりに言ってやると、面白くないといった様子で去っていった。

司郎も配り終えたのか、子供たちも部屋を出ていく。

静かになった部屋。

元通り、私と司郎だけになった。



「ありがと。助かったわ。」

「どうせ何も持ってないんだろう。」


よくわかってる、さすが司郎だ。

そう感心しながらソファへ戻ろうとする。


「なまえ!」


しかし、名前を呼ばれたと同時に突然腕を掴まれた。


「どうしたの?」


振り向いて司郎を見ると、真面目な顔をした彼が口を開き、言葉を発した。


「Trick or trest.」


……は?

何を言い出すんだ。


この人は私が何も持ってないのを知っているではないか。


「ッ……」


確信犯。

彼は楽しそうに口端を上げて笑っている。


「悪戯決定、だな。」


そして私の額にキスを落とした。






翌日、何故あんなことを言ったのか聞いてみた。

司郎曰く、“自分が助けなければ少佐に悪戯されていたから”だそうだ。

つまりは嫉妬なんだろう。

それでも額にキス1つで終わらせるのがこの真木司郎という男なのだが。

それに対して私が密かに喜んだのを、彼は知らない。



END.



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