【至上最悪なバレンタインデー】
by 夏みかん
2011/02/22 04:11

皆さまにお詫びしたいことがあります。すみません。「柊ちゃんのバレンタイン」は、話が膨らみしすぎて、収拾つかないので、自サイトで連載することにしました。終わりがなかなか見えないんです。本当に、申し訳ありません。このどうしようもない長編癖を治したいのですが、どうにもなりません(泣)
お詫びに名取総受けの小説を捧げます。ちょっと、名取さんが可哀想なことになっていますが、こういった話を書く機会が今までなかったので、新鮮な気持ちで書かせて頂きました。楽しんで頂けたら幸いです。


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【至上最悪のバレンタインデー1】
by 夏みかん
2011/02/22 04:14

どこもかしこも、バレンタインデーだと言わんばかりの賑わいだ。街の中は、チョコレートの甘ったらしい匂いで、今にも鼻が曲がりそうだった。甘いものは、そんなに嫌いではない。好きかと言われれば、好きな分類に入るだろう。
だがこの日だけは、嫌いになりそうだった。わざとこの日だけは、表の仕事を入れていない。入れた日には、女性たちに追っかけられることが目に見えている。
芸能人をしているだけあって、自分の魅力に気付いている名取は、女性にモテる自覚は持っている。よって、その日だけは仕事を入れないようにしていたのだが、裏の仕事だけは別だ。
名取の本職は妖祓いだ。表と違って、祓いの仕事は名取のような若い者にはなかなか回ってこない。最近漸く家の名ではなく、実力を注目されてきたお蔭で、表共々裏の仕事も順調だった。
今回の場所は、夏目のいる街だった。夏目の街は拠点になっているのか、妖が多く住んでいる。
若干、夏目のことが心配になったが、心優しい少年は彼らを友人だと言うほど、上手く生活しているようだ。名取にはとても考えられない出来事だが、本人たちがそれで納得しているならば、無理に祓う必要もないだろう。逆に払ったりしたら、夏目に嫌われそうだ。
仕事の内容は、思った以上に簡単なもので、なんでこんな依頼が自分の所に回って来たのか不思議に思う程だった。
「名取さん?」
「夏目!?」
偶然会えたらいいなとは思ったが、今日は夏目も大変そうなので、会うつもりはなかった。だから、今目の前にいる夏目が信じられなくて、驚き色素の薄い瞳を瞬かせる。
「お久しぶりです。名取さん……今日は、どうして?」
「いつもの仕事だよ。裏のね」
「そう……ですか」
何故か、夏目が落胆したように肩を落とす。
「どうかしたのかい?」
「いえ、俺に会いに来てくれたのかと思っていました」
「……」
何だろう?この違和感。夏目が可愛すぎる。普段から可愛いとは思っていたが、恥じらうように頬を赤く染める姿は、思わずぎゅーっと抱きしめたくなる。
「夏目?」
「あの……名取さん?」
「うん?」
「今日はバレンタインデーらしいですね」
「うん、そのようだね」
それが何か?と顔を覗き込むように窺う。顔が近い!と、また夏目の頬が赤くなる。面白い生き物だな〜と、笑みが深くなる。
出したつもりはないが、いつの間にか煌めいていたらしい。
「その煌めきは、やめて下さい」
と、夏目に煙たがられる。



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【至上最悪のバレンタインデー2】
by 夏みかん
2011/02/22 04:20

そんなに、嫌そうに顔を顰めなくてもいいのに。ため息まじりにしょんぼりして見せると、夏目が慌てた声を上げる。
「そういうつもりじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「会いたかっただけです。今日、どうしても……」
「え?」
驚ききょとんした顔で夏目を見る。
「会いたかった?私に?」
声になく、夏目は頬を染めたままこくりと頷く。
「どうしても?今日?」
今日という言葉を強調すると、益々頬を赤らめ激しく上下にこくりと頷く。
首が痛くならないのかい?とからかう雰囲気にもなれない程、夏目の顔が何処か真剣だった。
「どうして?」
優しく尋ねる。夏目は恥ずかしげに身を捩りながら、小さな箱を取り出した。
「あの、受け取って下さい。俺……名取さんのことが好きです。ずっと、考えていたんです。どうして、こんなにも名取さんのことが気になるのか……それで、名取さんに会う度に、つい冷たい態度をとってしまって、後で死ぬ程後悔するんですけど、次に会った時は名取さん、全然態度が変わらなくて――俺、ずっとそれに甘えていて、でもこのままじゃダメだと思ったんです。自分の気持ちに正直にならないとって……今日、もし名取さんに会えたら、渡すつもりでした」
「もし、私が仕事でこの街を訪れなかったら、どうするつもりだった?」
呆れたようなため息に、夏目は肩をピクッと震わせる。中途半端に名取に差しだされた手の中には、チョコレートの箱が握られており、恐らく自分で包んだのであろうと思うわれる不格好さが何とも言えない。中身も手作りであることは間違いないだろう。
「……会いに行っていました」
「え?」
またもや、驚きに名取はかけていた眼鏡をずらしてしまった。度が入っていないので、ずれたところで、視界が悪くなるわけではないが、鼻にかかった眼鏡の淵が少々不快かもしれない。自然な動作で、眼鏡を取り外す。
「私は、男だよ?」
今更、言われなくて分かっているだろうが、思わずそんなことを口走っていた。
「知っています。気持ち悪いですよね」
「いや……そういうわけじゃないんだ。うん、決して――」
と言いながらも、若干引いてしまう。異性にしか想われたことがなかった名取にとって(本人が気付いてないでけだが)、弟のように可愛がっていた夏目に、そんな風に見られていたとは――ちょっとだけショックだ。けれどこの後、男からのモテ期がピークに達してしまうことになるとは、さすがの名取も考えもしなかった。



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【至上最悪のバレンタインデー3】
by 夏みかん
2011/02/22 04:25

「夏目、抜け駆けは良くないよ。何、自分だけちゃっかり、名取さんにチョコレートを渡しているんだ?」
「田沼?」
突然の新たな登場人物に、名取は何事?と頭に疑問を浮かべる。田沼と呼ばれた少年は、名取にも面識があり、年の割には大人びた、常識を弁えている少年だった。夏目は、時々頑固なところがあり、自分の信念を一歩も譲らないところがあるが、田沼は違った。物事を客観的に捉えることが出来る。正論でなければ動かないような、ある意味堅苦しい男でもあったが、却ってそれがいい。余計なことは決して口にしない上に、妖に対して少々影を見ることが出来る分、全てを話さなくても話が通じる。大人な会話が成り立つので、名取は別の意味で田沼に注目していた。
妖力はないに等しくても、彼は情報屋等が本職に向いているのかもしれない。名取のような祓い屋に依頼を回すような仕事だ。何度か会話をして彼が頭のいい少年だと知った名取は、本当にその仕事が田沼には合っているように思えた。
最も別の道を選択する方が、田沼にとってはいいだろう。こうして、少々感じているだけなら、普通の生活に溶け込むことも可能だ。中途半端な妖力のせいで苦しんでいるなら、苦しまないように力を貸してあげることも出来るのだから……
以前、それがきっかけで田沼に声をかけた。お蔭で、時々は連絡を取り合って、彼に妖の対処方法を学ばせている。それが、本人にどんな効力を齎しているのかは分からないが、今の田沼は益々落ち着いた雰囲気を晒していた。
彼の役に立てたようで、名取も嬉しく感じる。夏目の友人だ。困っているなら、助けてあげたくなるのが人の性だ。何気にお人好しなところがある名取だった。
その田沼が、今名取の目の前にいる。手には、夏目同様のチョコレートらしき箱が握られている。まさか――と、名取の口角がヒクヒクと引き攣る。間違いであって欲しい。きっと、田沼の持っているチョコレートは、女性から貰ったものに違いない。うん、そうに違いない。
もはや、現実逃避状態の名取に、夏目と話がついたのか、田沼は笑顔で近付いてくる。そして、目の前で差し出されたものは、やはりあのチョコレートだった。
「あの?田沼君……これは?」
「チョコレートです。ずっと、名取さんが好きでした」
赤みのある笑みで、田沼がはっきりと告げる。その瞬間、何かが崩壊したような感覚に陥った。



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【至上最悪のバレンタインデー4】
by 夏みかん
2011/02/22 04:30

どうしたものかと困惑していると、またややこしい人物が姿を現した。的場だった。仕事帰りにでも寄ったに違いない。
夏目に手を出す気だな?
無意識に、夏目の肩を引き寄せる。夏目が下を向いて頬を赤くする中、一方では名取にチョコレートを受け取って貰えなかった田沼が、ムッとした顔を作っている。
2人共、今そんなことをしている場合でじゃないから。あの的場が目に入らないのかい?
1人警戒を怠らない名取だけが、難しい顔で的場と対峙する形をとる。
「お久ぶりですね、名取さん」
奇遇だな、と言った感じで挨拶をしてくる。差し渡りない挨拶に答えながら、名取は夏目を庇うように身構える。
的場の視線は、夏目に向いていた。しかし、その視線の先は夏目の顔ではなかった。訝しげに的場の視線を追って、夏目を見る。
チョコレート?
どうも、夏目の持っているチョコレートに視線がいっているようだ。それだけではなく、田沼の手の中にあるチョコレートも確認している。
「どうやら、まだ受け取っていないようですね。安心しました」
どういう意味だ?と、訝しげに的場を見る。的場は夏目や田沼の持っているチョコレートを見るなり顔を顰めたが、名取の顔を見ると不気味な笑みを向けてきた。不気味という表現は、少々失礼に値するかもしれない。だが、こんな風に笑う的場を見たことのない名取にとっては、不気味としか思えなかった。ひやりと、背筋に冷たいものが走る。
的場をよく観察すると、手には上品に包装された箱が握られている。明らかに、チョコレートだと思われる品物を、当然のように名取に差し出す。
「的場さん、あなたもですか?」
呆れを通り越して、何とも言えない感情で名取は言った。
一体全体、この連中は何を考えているのだろうか?自分は男だ。なのに、どうしてチョコレートを持ってくるんだ?悪いが、男には興味がない。女性しか恋愛対象には考えられない。
そう言おうと口を開かせた時、またもや新たにその場に現れた者がいた。
今度は、間違いなく女性だった。しかも、名取より若い。ぴちぴちの女子高生だ。
「「多軌!!」」
夏目と田沼の驚いた声が響いた。仲良いな、と感心するほどその声は合わさっていた。
「こんにちは、名取さん!友達が名取さんを見かけたって言ってたから――」
息を切らしている多軌は、急いで来たのだろう。もしかしたら、その周辺を探していたのかもしれない。髪が少しだけ乱れていた。
「あの、これは私の気持ちです。受け取って下さい」
正真正銘、今度こそ可愛い女の子からのチョコレートが名取に差し出された。



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【至上最悪のバレンタインデー5】
by 夏みかん
2011/02/22 04:38

確かに、女性からのチョコレートだ。これは受け取らないわけにはいかない。だが、彼女が自分の気持ちだと言った手前、受け取るかどうか迷ってしまう。多軌の気持ちは嬉しいが、彼女の気持ちには答えられない。多軌との接点は、彼女の家が古くからの陰陽師家系で、廃れてしまったとは言え、今でも力は関係なく家同士の接点はあった。名取が彼女に興味を持ったのは、彼女の祖父が残した妖関係の遺産であり、別に多軌とどうこうあるような関係ではない。彼女に対しても、やはり妹のような感情しかなかったし、それは今後とも変わらないだろう。
さて、これからも付き合いが長い相手に、どう断ろうか?何とか、多軌が傷つかなくてすむ方法がないかと、考えを巡らせている間に、いつの間にか当の名取をそっちのけで、醜い争いが起きていた。
如何にして己が名取が好きなのか、4人が熱く主張し始めたのだ。その中に、大人げなく的場が加わっているのが、ちょっとだけ笑いが出てくる。というか、そもそも多軌以外は、皆男だ。常識的に考えて可笑しいことに、そろそろ気付かないかな?気付こうよ!そう思うのだが、4人の中では疑問に思うどころか、それぞれがライバルとして認め合っているようだ。そんな会話に、頭が痛くなってくる。
「ちょっと、待てよ。タキ、一番最後に来た癖に、割り込むなんて図々しいぞ」
「そうですよ。私が名取と話しているときに、割り込むなんて、なんて厚かましい女だ」
「それ、的場さんがいいますか?だいたい、田沼も的場さんもタキも、順番を守れよ。俺が、最初に名取さんを見つけたのに!?」
「そんな順番なんて、関係ないわ。だって、夏目君は受け取って貰えなかったんでしょう?」
多軌もな、とすかさず夏目が突っ込みを入れる。そこへ的場が再び口を開き、飛んでもない事実を語り始めた。
「そもそも、名取が何故この街にいると思っているんですか?私のお蔭ですよ。私が、名取にこの街で仕事をさせるように、手配させたんですからね。幸い、私の仕事もこの近くだったんで、終わり次第すぐに合流しようと思っていたんですが、君がこの街に住んでいることをすっかり忘れていましたよ」
そうか、的場!お前の差し金か。可笑しいと思ったのだ。どうして、こんな簡単な仕事が自分に回って来たのか。
忌々しげに呟く的場に、名取は声に出さずに悪態をつく。夏目はそれを聞いて、してやったりと高校生らしい表情を作った。
ああ、そうしていると、子供らしく見えるよ。ちょっと安心したよ〜と、やはり弟を見るような目で、名取はそんな夏目を見ていた。



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【至上最悪のバレンタインデー6】
by 夏みかん
2011/02/22 04:44

「こうなったら、名取さんに直接選んで頂きましょうか」
あくまでも、最年長である的場が指揮をとって、名取に矛先を向けてくる。
ヤバイ!ピンチだ!!
汗をひやりと流しながら、名取は逃げ出そうと背を向け、駆けだした。だが、その前に的場が手を回し、式を使って名取を捕らえる。
「逃がしませんよ」
「さっすが、的場さん!」
夏目の感心したような声に、ガクリと力が抜ける。横で律儀に、どう致しましてと答えている的場にも如何なものかと、諦めモードで睨みつける。無駄な抵抗だと鼻で笑われるが、それでも諦めずに紙人形を飛ばす。
すると、田沼も同じく紙人形を飛ばし始めた。その方法を教えたのは名取だ。あれから、練習したのであろう。紙人形を目で追うことは出来ないようだが、ちゃんと名取の紙人形に噛みついて来る。勿論、名取が負けるはずがない。紙人形は名取が最も得意とする技だ。そう、負けるはずがないのだ。が、余計なことに夏目が加勢し始めた。夏目まで紙人形を飛ばして来たものだから、折角的場の式から逃れたのに、今度は2人の紙人形にぐるぐる巻きに縛られてしまう。完全に身動き出来ない状態だ。
「君たち……紙人形はそんな風に使うものじゃない!」
「何言っているんですか?以前、俺に使ったでしょう?名取さん!!」
呆れた口調を出したのは夏目で、覚えがあったので何も反論出来なくなる。自業自得だと、誰かに言われたような気がした。
このまま、どうなってしまうんだ?
手も足も出ない状態で、4人に囲まれるのは、流石に身の危険を感じてしまう。汗が滞りなく溢れてくる。
「名取さん、答えてもらいましょうか?誰のチョコレートが欲しいですか?」
勿論、私のですよね?と有無を言わせない声色が頭上にかかる。
「また抜け駆けしないで下さい。名取さんは、俺のチョコレートを食べるんです」
「夏目こそ、抜け駆けするなよ。名取さん、俺のチョコレートを選んで下さい」
「田沼君のより、私の方が美味しいよ?一生懸命作ったの。名取さん、食べて下さい」
食べたくない!!とは言えないこの状況に、名取は本気で泣きたくなった。
さあ、誰のを食べる?
4人の顔が迫って来たかと思えば、ずずっと4本の手が目の前に押し出され、その上にはチョコレートが乗っている。どれも包装紙が開けられていた。鼻腔を擽る甘い匂いに、名取は観念したように呟いた。



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