ぐつぐつ、ぐらぐら



これはニコニコ動画であべべん様コミュニティにコミュニティ限定動画としてあげられているクトゥルフ神話TRPGオンラインセッション「純情かれいどすこぉぷ」をもとにした二次創作及び夢小説です。事前にそちらをご覧になることを推奨します。
また、参加されたPLの皆さま方やあべべん様にご迷惑をかけないことを了承の上でご覧ください。




―――――――――




事実は小説より奇なりとはよく言ったものだが、ぞっとするような出来事なんてのはこの大正の世の中でそれほど貴重ではなくなっている。だから私の関わった、美しき帝都で起こったあの冒涜的な事件も、さして歴史に傷を残すこともなく時間が全てを洗い流していくのだろう。そうして事件の裏、というかむしろ根底にあったぐらぐら煮える恋模様だって、かつての面々以外には誰にも知られず、きっとどこにでもあるような恋になってゆくのだ。
だからこそ私たちは忘れない。
あの純情カレヰドスコオプを。


「これにて報告を終了いたします」
特高のとある執務室にて。
手にある資料を纏めなおしながらそう告げると、目の前にいる麗しき特高の狂犬、雷同不比等はつまらないものを見るように私を見下ろした。己の机に両足をがっつり乗せながら豪奢な椅子に座っているのに、何故立って報告をしている私を見下ろせるのだろうかという謎に呑まれかけていると、雷同不比等の机の隣に立つ怜悧な表情の男が不意に口を開いた。
「そんなんやったっけ?」
その言葉に思わず膝の力が抜けかける。相変わらず怜悧なのはツラだけだったようだ。
『鬼畜眼鏡』の名が相応しい理知的で冷たいその美貌も、本人の性格の前では形無しである。雷同不比等曰く「面倒で優秀な部下」であるところのこの吉野真は、妙な関西弁と素直さを兼ね備えており、なおかつ非常に食えない性格をしていた。私は一週間ほど前にとある事件において彼と協力することがあったのだが、同行した彼の血縁から友人まであまねく振り回されていたことを考えると、この性格が無差別的天然であることは確定済みである。
「確かに貴方は妹の彼氏と乳繰り合ったり妹を抱えて車から飛び出したりライダーキックかましていただけですから詳細をお忘れになっていても仕方がありませんが」
「あ! ひどいこと言う! 私超活躍したし!」
「……いえまあ、戦闘面では八面六臂の大活躍でしたよ」
戦闘面ではね。
まあアナーキストの巣にまで潜って(若干二名を犠牲にしながら)情報を得てきた私と終始甘粕を探していた彼では、そもそも辿ってきた道筋が違うので見える景色も違って見えるものなのかもしれない。だからといって結局同じ場所で結末を迎えたのに、そんなとぼけた顔をされても困るのだが。
「そう聞いて聞いて、私甘粕正彦と大杉栄のどっちも倒したんですよすごくない? 褒めて雷同さん! そして給料上げて!」
「上出来だ」
「給料は?」
「上出来だ」
「あっ聞く気ないこの暴力上司」
「なんか言ったか?」
「いやぁ別に?」
特高エリートである容貌美しい男二人がこんなクソガキみたいな言い争いをしていることを思うと日本の将来が甚だ不安である。ため息を堪えながらも「しかし依然として甘粕正彦は活動を続けているようです」と加えると、ちょっとだけ不意を突かれたような顔をした吉野真だったが、次の瞬間よくも余計なことを言いやがって! とでも言いたげな表情に変わった。
「よくも余計な事言いやがって!」
「うわ本当に言った」
「倒したことにしてれば私の手柄になったのに!」
「……まあそのネタも上がってきてはいたが。あの男、何回殺しても平然としてるんだって? 一度殺りあってみたいもんだ」
「そりゃもう何回も沸くタイプのボスみたいでしたよ。戦います?」
「なにその比喩。というか雷同さん、今となっては無駄だと分かっているのでやめてください」
「じゃあお前が相手でもしてくれるのか?」
「まさか。私はただの薄汚い情報屋ですので」
そういってさりげなく片手を開けた私に、雷同不比等がまたつまらなさそうな顔をして足を勢いよく床に戻した。つかつか歩み寄ってきて財布から取り出したお金をぞんざいに私に押し付ける。しっかり握って懐に収めた私を見て、演技くさくやれやれと吉野真が首を振った。
「名前ちゃんちょっと金の亡者すぎるよー。まだ若いのにそんな調子じゃいけないねぇ」
「あんただって給料上げろとかいってたくせに……。若いからこそこんな職業やってられるんですよ」
「私の妹みたいに職業婦人やらないの?」
「世のため人のために働くなんて糞食らえでございますわ。それに華江さんみたいに美しくありませんので」
「じゃあ由水くんみたいに探偵は? 君探索得意じゃないか」
「浮気調査とかやってられませんよ」
「書生……は無理か。君想像力無いし」
「何です、ここに至って私の職業批判ですか?」
「そんじゃあ特高なんてどうだ?」
「いや特高は…………あ?」
突然入ってきた雷同不比等の声に流れで返答しかけ、そこでぴたりと止まった。
お金と引き換えにひったくられた報告書もどきの資料を机に凭れながら読んでいた彼が一瞥もくれないまま見下ろしていたが(恐らく最初は冗談のつもりで言ったのかと思う)、その言葉を言った瞬間ふっと「妙案じゃねえか」とでも言いたげな表情で顔を起こした。
「妙案じゃねえか」
「特高って顔に出やすいなあ!」
「いや、真は優秀だがどうも合う輩がいなくてな。どいつもこいつも嫌がりやがるんだ。どうにも敵わないってな」
「えー私そんな嫌われることしてないのにー」
「無理ですよアカの拷問なんて! 給料は魅力的だけど!」
「何の後ろ盾もない女のガキが特高に入れるわけねえだろうが。私的な俺の部下にしてやるってことだよ」
「もっと嫌!!!」
絶叫する私に向って、気難しい顔をしながら「Bis bald.」と返答する吉野真。いやそれ確か全然意味関係なかったじゃねーかと思いながら怒りと不満にぶるぶる震えていると、おもむろに雷同不比等が資料を机に置いて立ち上がり、すれ違うようにして私の肩に手を置いて耳元でそっと囁く仕草をした。「背が低いから私の耳元に口を寄せるのも楽そうだなあ」と口に出したらぐずぐずになるまで殴られそうなことを腹立ちまぎれに考えていると、色気の乗った低音がすぐ近くで生まれる。
「顔はいいが性格がアレじゃあ婿の貰い手もいなくてな」
「……は?」


「俺に取っちゃ大事な部下だ。手を放してくれるなよ、煮えた瞳のお嬢ちゃん」


懐から今日の収入とメモとペンがバラバラっと落ちた。
その言葉で、私は咄嗟にあの資料の中で度々ラヴァアの為に働く彼らを「煮えた」とからかいまじりに評価していたことを思い出した。さっと雷同不比等を仰ぎ見ると、顔を見なくても分かりそうなほどに意地の悪い声が降りかかってくる――「お前、男の趣味が悪いなァ?」。
それを最後に、彼は私の横を通り過ぎて扉をばたんと閉じた。
「……名前ちゃんめっちゃ物落としてるけど大丈夫?」
「はっ、いえ、あははは大丈夫ですあんのクソチビ余計なことを」
「うわなんか超動揺してる怖っ」
特高ですら困ったちゃん扱いの奴に引かれるという理不尽な状況におかれて、私は懐に物を収め直しつつ、近くにしゃがみこんでおきながら手伝いもせずにいるこの筋金入りの阿呆をそっと見上げた。
全く美しい男である。しかしこの際この顔が美しいことはさして問題ではない。
私はふっ、と、彼が月を背にしながら強大な敵二人を鮮やかに蹴り倒してみせたことを思い出した。あれが悪い、あれが悪いんだ。あれだけ生命の危機にさらされた中であれがあったらそりゃあ魅力的にも見えてしまうだろう。吊り橋効果だ吊り橋効果。あははは。
「大丈夫? ライダーキックする?」
「しなくていいです」
会話していてもちっともときめかない。行動すべてがガキのそれである。こんなにどうしようもない男に対して、果たして何故私はこう、どこまでも愚かに煮えているのだろうか。
そんな事を考えていると、兄に似て端麗だった吉野華江が想像の中で可憐な声を響かせた。


「それはほら、貴女もまた、純情だったってことじゃない?」






これもしかしてナマモノに分類されるのでしょうか。
なんか途中から私の中の雷同さんと真になってしまったので若干残念です。あと毎回のごとくラストがうまいこといかなかったのでどうしようもねーなーと思いながら華江ちゃんに締めてもらいました。猫のこと「にゃんこ」って呼んでそうランキング1位の華江ちゃん。
どうしても吉野真にお嫁さんをつけたかったのでうっかり妄想してしまいました。お許しを(懺悔)



←|Return