――久しぶりに長居してもいいかな、と思える傭兵団に巡り会えた。
なんて思っていたその日の真夜中、突然飛び込んできた耳を疑うような訃報に彼女は戸惑いを隠せずにいた。
『Prayer』
一夜明けた砦は朝から鎮痛な空気に包まれていた。
昨日仲間入りしたばかりで名前も覚え切れていない――まだ子供同然の少女や少年が泣き崩れる姿は、普段『細かいことは気にしない!』を信条とする彼女の表情をも深く暗い物に変えてしまう。
グレイル団長の死――
ここに来る前に雇われていたクリミア軍の一部隊がデイン軍の猛攻に遭い、自分を残して全滅した時はさすがに死を覚悟せざるを得なかった。
脅えより悔恨より、あぁあたし、死ぬのかな。なんて案外冷静だったのを覚えている。
そんな折に駆け付け、目にも留まらぬ速さと圧倒的な力でデイン軍を一掃したのが、グレイル団長その人である。
こんなに強い人がこの大陸にいたなんて――自分自身の腕に覚えがあったワユは、その戦いぶりを見て命が助かった喜びよりも驚きと妙な高揚感を覚えていた。
そんな団長が、その晩の内に死んだのだという。
居合わせた団長の息子の話だと、得体の知れない真っ黒な鎧を身にまとった漆黒の騎士に敗れたのだと。
目の前であの圧倒的な強さを見せ付けられたワユにとって、にわかには信じ難い話だった。
「なんだかなぁ…」
居た堪れなくなって砦を出たワユは、朝方団員全員で作った団長の墓標へと向かっていた。
ぶち、とその辺の名前も知らない花を摘んで、既に花でいっぱいになっている(あの少女が置いたのだろう)墓石代わりの巨大な斧の前に供えた。
「そりゃないよ、団長さん…」
しゃがみこんで亡き命の恩人へと訴えかける。
涙こそ流さないものの決して悲しくない訳ではない。
団員達のあの悲しみ様を見る限り、かなり慕われていたに違いない人なのだ。自分だってきっと、一緒に過ごす月日を重ねて居れば皆と同じように目を腫らしていたはず。
あんなにも強い人を手にかけた騎士とは一体どんな奴なんだろうとぼんやり意識を彷徨わせていると、背後に人の気配を感じた。
「…あ、君は…」
掠れた声。
殺気を感じなかった事で恐らく団員の誰かだろうとは思っていたので、特に警戒する事なくワユは首だけを後ろに向けて姿を確認した。
真っ白なローブに橙の髪。
あぁ、そうだ。この人もしゃくり上げるように泣いていたっけ。だから声が掠れているんだ。
「団長さん――」
「…え?」
「慕われてたんだね。…すごく」
…うん、と弱弱しい返事の後、その人は墓前に跪いて祈りを捧げた。
少しの沈黙の後、重苦しい空気の中で彼は口を開く。
「…今日何度目になるか分からないんだけどね……つい、祈りに来てしまうんだ。」
ふとその人の顔を見ると、穏やかな橙の瞳が目に見えて分かるほどに揺れていた。
なんだかもらい泣きしてしまいそうで、ワユは気付かない振りをしてそっと顔を背けた。
「…ワユさん。団長が君を褒めてたよ。」
「え?あたしを?」
「うん、あれだけのデイン兵を前に全く物怖じした様子を見せなかったって。きっといい剣士になるだろうって、言ってたんだ。…昨日の、夜」
ワユは自分の知らぬ所でそんな評価を受けていた事にも驚いたが、まだ出会って一晩しか経っていない――ましてまともに言葉を交わしたのはこれが初めてな相手に、自分の名前を覚えられていた事にも驚いていた。
彼――キルロイは一瞬言葉を詰まらせたが、直ぐに顔を上げてワユを真っ直ぐに見つめる。
「…ありがとう。一緒に団長を弔ってくれて。
君は昨日来たばかりで、いきなりこんな事になってしまって困惑してるはずなのに…」
「困惑は…確かにしてるかも。でも、日は浅いけどあたしだって団長に救ってもらった事には変わりないからさ。」
だから。
同じようにしてキルロイの隣に跪き、ワユは見様見真似で両手を組み合わせた。
「あたし……亡くなった人のために祈った事なんて、ないんだ。
それでも…ちゃんと団長さんに届くかな?司祭様。」
沈みかけの太陽がワユの表情を茜色に染める。
真剣なその面持ちに、いつしかキルロイは揺らいでいた自身の瞳からスッと水分が引いていくのを感じた。
「…うん。きっと届くよ。
団長はきっと此処にいる。いつまでもそんな顔するなって、怒られちゃうね。」
夕日に照らされて鈍く光る斧を前に、キルロイは再び目を閉じて祈りの言葉を紡ぎ始めた。
ワユも慌ててそれに習う。
「――女神アスタルテよ、どうかグレイル団長の魂が、安らかに天に召されますよう――」
「…お願いしますっ!!」
日が暮れるまで二人は祈り続けた。
これから迎えるであろう激しい戦いで、全員が生き残れる様に見守っていて欲しいと。
あの大きく誰よりも頼れる背中を思い出しながら
太陽が沈み切るまで二人はその場から離れようとはしなかった。
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(シリアスぶち壊しにしたい方は→へ)
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