肩に置いた両手を離すと、彼女は自分の膝を抱えるようにして顔を隠してしまう。僅かに震える肩で涙を堪えているのだと分かって、思わず胸がぎゅっと締め付けられた。


「…………、…その子にとっての憎い敵が目の前にいたのに、…あたしは………剣を抜けなかった。真剣に相手しようと思えなかった。
 あたしは…相手にして貰えない悔しさを、誰よりも知っていたはずなのに……その子の『覚悟』を、斬れなかった……」


とうとう声に水が混じり始めてしまって、耐えかねた僕は彼女の頭を引き寄せて肩口に埋めさせた。そのまま、宥めるようにして緩やかに頭を撫でてやる。

僕には彼女の持つ剣士の概念はよく分からない。もちろん、彼女がこれまで抱いてきた悔しさや苦しみだって分かりようがない。
だけど、どんなにつらくとも普段涙を絶対に見せない彼女が今こうしてしゃくり上げて僕の肩口を濡らしているのは紛れもない事実で。…どんな風に声を掛ければいいのか、直ぐには言葉が出てこなかった。


「……ワユさん、」
「……っ、ひっ……く」
「僕には、君の気持ちは全部分かってあげられない」


肩へと顔を埋めながら、ワユさんが頷く。


「……でもね、君が強くなりたいって願う気持ちは応援してあげたいと思うし、そのために世界中を回って色々な人と戦うのも……本当は止めて欲しいけど、必要な事なんだろうってのは分かってるつもりだよ。
 …だけど、どんな信念や理由があろうとも……僕は、君には子供を斬るような人斬りにはなってほしくない」

涙を貰ってしまったのか、いつの間にか目元が熱くなって視界が揺らぐ。
もし彼女がその子供を斬っていたとしたら、僕はどんな言葉をかけられただろうか。彼女をこうして、同じように抱き締める事が出来ただろうか。


「…戦争は終わったんだよ、ワユさん。もうこれ以上、憎しみや悲しみの種は…育てちゃいけないんだ」

つ、と頬を伝うあたたかい感触もそのままに、彼女を腕の中に閉じ込めてきつく抱き締める。
――アイク、君だったら一体どうしていただろう。…恐らく彼女自身もなんべんも心の中で問いかけたであろう言葉を、僕も同じようにして問いかける。


いつの間にか白み始めていた薄暗い空の向こうに、僕は答えの返らない問いを投げかけるばかりだった。





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