「…あのねキルロイさん、一つお願いしてもいい?」
「…?なんだい?」
「いつか願が達成したら、あたしの髪…キルロイさんに切って欲しいな」


今度は僕が目を丸くする番だった。
風が吹けばゆるやかに美しく流れる彼女の髪。切らないの、とは聞いたがいざ切ってしまうとなると――まして、他ならぬ自分の手で――となると些か勿体無い気がして少しだけ躊躇った。


「さすがに地面にくっついちゃう前には達成させるからさ!ね、お願い」

「……分かったよ。僕でいいんなら。
 ワユさんが次に帰って来る時までには…仕立て屋さんでいいはさみを仕立てておいてもらうから」


根負けした僕がそう言うと彼女は満足そうに微笑った。
頬に当てたままだった小さな手を解放してやると、離れるどころか指同士を絡めて彼女の方からきつく繋がれる。

そのまま膝の上から身体を起こした彼女は、浮かべた微笑みを絶やさないまま正面から僕の胸に身体を預ける形で寄り掛けた。
思わず、繋ぎ合ってない方の手を地に付けて重心を支える。――僕の気がそちらへ向かったのを彼女は見逃す事なく、隙ありとばかりに唇にやわらかいものが押し当てられた。



長い口付けだった。


いつの間にか繋ぎ合った手同士はじんわりと汗ばみ、吐息も、口の端から漏れる声も、全て飲み下してしまうかの様にお互いがお互いを貪り合っていた。

このまま唇を、身体を離してしまったらまた彼女は手の届かない所へ行ってしまうんだろう。こうして何の前触れもなくふらりと彼女は帰って来てくれるが、『次』がいつまで続くのかは僕には分からない。彼女にも、きっと分からない。



不意に強く吹いた風が、彼女の長い髪を大きく揺らした。


漸く唇を離して細い身体を地に横たえた所で
土手を登った遠く向こうで子供たちのはしゃぐ声が届く。

僕を見上げる翡翠のような瞳が、不安と期待に揺れた。



「…さっき水浴びしてきたばっかりなのに。髪、また洗わなきゃ」


あとで洗ってあげるよ、とささやいて、さらりと髪をやわらかく撫でながら
僕はゆっくりと彼女に身を重ねていった。






風は紡ぐ。


彼女と僕との、次を紡いでゆく。






END






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多分最後に髪を切ったのは、彼女が最後に悔し涙を流した日。


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