修行の途中で今朝方ふらりと帰省し、傭兵団の新人特訓とその日一日の訓練を終えて水浴びをしてきたらしい彼女と鉢合わせたのは、教会の掃除がひと段落付いた丁度良いタイミングでの事だった。

昼寝がしたいからと強引に手を引かれて外へと連れ出され、教会からも砦からも少し離れたゆるやかな土手で腰を下ろす。

こうして座ってしまえば、向こうからやって来る人影には姿が見えなくなるのを僕達は知っている。
喧騒から離れた、逢引には最適の場所で彼女は嬉しそうに僕の膝へと頭を乗せて寝転がった。





は紡ぐ』




「えへへ」


転がったまま、腰に腕が回される。
腹に顔を埋めるようにしてすりすりと気持ち良さそうに擦り寄る様子はまるでよく慣れた猫のようで、水浴び後でまだ少ししっとりとした髪を梳くように撫でてやった。


「ワユさん、髪伸びたね」
「んー、そう?」


初めて出会ったのはもう何年前になるだろうか。
あの頃と同じ少女の面影を残したままに成長した彼女の伸びた髪は、そろそろ腰の位置にまで届こうとしている。

頭のラインを確かめるようにして撫で付けながら、細い毛の束を指に絡めると
毛先の乾いた部分からはらりはらりと綺麗な紫色が流れ落ちていった。


「切らないの?」
「うん、まだね。」
「まだ?」


僕の問いかけに、今の今までずっと顔を埋めていた彼女が漸く頭を起こす。そうして、にし、と僕に向けて歯を見せて笑った。


「キルロイさん達と出会う前…最後に髪を切った時からね、ずっと願掛けしてんの。
 誰にも負けない最強剣士になるまでは、伸ばし続けるって決めたんだ」


持ち上げられていた頭が再び膝の上に落ちる。
妙に納得のいく答えを受けて、そうなんだ、と一言返すと髪を梳くのを再開させた。


「剣士にはね、割と多いんだよ。そういう願掛け」


もぞりと体勢を変えた彼女が空を仰いで片腕を伸ばす。
同じように空を見上げると、いつもよりも早く風に流されて行く雲が見えた。


「…ワユさん」


まるで彼女が届かないと分かっているそれに向けて手を伸ばしているように見えて、小さな傷だらけのその手を引き寄せて僕の頬を包ませる。
驚いたように目を丸くさせて僕を見上げる彼女の手は、かさかさで、…温かかった。




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