一日の仕事を終え、日が傾きかけた頃に家路を急ぐジルの足取りはまるで幼い少女のように軽やかだった。
食材を調達する為に寄ったいつもの市場は控えめながらもきらびやかな橙と黒に彩られており、領内を練り歩く奇妙な格好をした子供たちのはしゃぐ様子にもジルの表情は自然と綻ぶ。
市場の店主がお土産にと無償でくれた色取り取りのキャンディは、瓶の中に所狭しと詰まっており
子供でなくとも自然と気分が浮き立ってしまう魔力を持っていて。
帰り道の途中で見知った子供達に菓子をねだられその中身は半分ほどに減ってしまったけれど、さて帰ったら一体どの色から食べようか、と瓶の中身を覗き見てはジルの心は高揚するばかりであった。
『HALLOWEEN MAGIC』
「ただいま戻りました!」
いつもよりも一際弾んだ声で扉を開けると、1年を通して眠そうな目をした同居人がソファの上で「おぉ、」と欠伸交じりに片手を上げた。
どうやら今日の仕事は早めに切り上げたらしい。彼の寛ぎ方やテーブル上のカップの中身の減り具合からしても、つい先程帰宅した、という様には見えなかった。
「…遅かったな。早く何か作ってくれ。腹が減って敵わん」
「そんな事よりハールさん、今日はハロウィンですよ!
市場もいつもと違って綺麗に飾り付けられていましたし、子供たちも皆はしゃいでてとっても可愛いんです。私、久しぶりに童心に帰ってしまいました!」
食料の入った紙袋を置き、誰の目から見てもうきうきとした様子でジルは話す。
そんな事より、とあっさり一蹴されてしまった腹の虫を抑えるかの様に手で腹を擦りつつ、そうか、とハールは短い一言を返した。
「もう、ハールさんてば夢が無いんだから。」
「……悪かったな、夢の無いおっさんで」
「そこまで言ってません」
呆れるジルを横目にごろりとソファに身体を横たえたハールが、またひとつ欠伸を漏らす。どうやら、彼を童心に帰らせる事は不可能らしい。
半ば諦め、市場の店主がわざわざ選んでくれた大きな南瓜を取り出して今日の献立を頭の中で組み立てていると
先ほど貰ったキャンディの小瓶が目に入り、また少しジルの心の中があたたかくなっていった。
あの大陸中を巻き込んだ女神との戦いから、もう2年。
この荒れ果てたダルレカの地も、僅か2年でこのような小さなお祭りが開けるぐらいに復興してくれたという事は、現在の領主を務めるジルにとっても嬉しい限りであった。
戦争が終わっても、始まる前と比べて大きく変わった事は何もない。
ただ、以前よりよく笑うようになった、と、昔からジルを知る人々は口々に言う。
それは目の前のソファでうつらうつらとしている愛しい人の存在があったからだろうか。
人々が羨むような甘い甘い間柄ではないかもしれないけれど、お互いを信頼し合っている気持ちだけはジルは誰にだって負けない自信があった。
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