優しい風が吹く。
キルロイさんが近くにいるのかな、と思って振り返ると
本当にこちらに向かって歩いてくる姿が見えてあたしは目を見開いた。そして思わずぷっ、と吹き出してしまう。
「どうしたの、何か面白い事でもあった?」
近くまで来たキルロイさんが、笑うあたしの様子に気付いて不思議そうに首を傾げる。
「キルロイさんが近くにいそうだな、って思ってたら本当にいたから」
びっくりしちゃって、と言うとキルロイさんも笑った。
そうして、あたしの横の芝生に腰かける。草のにおいがふんわりと舞って鼻腔をくすぐった。
『Telepathy』
「ワユさん、テレパスの才能があるんじゃない?」
「テレパス?」
耳慣れない言葉にあたしは目を丸くする。
「…世の中には、鷺の民じゃなくても人の考えてる事が分かったり、近くに誰がいるのかすぐに分かったりする能力を持った人がいるんだって。」
「へえ、すごいね!」
そんな風にだれかが考えている事が分かったとしたら、あの大将から一本取る事だって夢じゃないかもしれない。
―――いや、だけどあの大将のことだ、きっと何も考えずに直感で剣を振るっているだろう。よくよく考えてみればあたしだってそうだ。
それに、心を読んで勝った所できっとちっとも嬉しくない。…やっぱり、必要ないかもしれないな。あたしには。
そう結論づけてキルロイさんに向き直ると、あたしの好きな穏やかな笑顔を湛えてこちらを見ていた。どうしたの、とまた目を細めて笑う。
その表情に、少しだけ悪戯心がふつふつと沸いた。少しだけ身を乗り出して、キルロイさんの瞳をじっと見つめる。
「…もし本当にあたしにテレパスの才能があるんなら…今キルロイさんが考えてる事も分かるはずだよね?」
「えっ?」
そう言った途端、キルロイさんの顔がほんのりと色づいたように見えた。
徐に手を伸ばし、胸元に手のひらを当てて目を閉じる。「ちょ、ちょっと、」と慌てたような声を出すキルロイさんには構わず、むにゃむにゃとそれらしい適当な言葉を紡ぐ。
「うーん……、………ワユさん、大好き」
「……っ」
「あはは!なーんちゃって!そう思ってたらいいなーって……あれ、キルロイさん?」
目を開いて改めてキルロイさんの顔を見ると、まるで熱が出た時のように目の下あたりを真っ赤に染めていて。
え、あ、と言葉にならない声を漏らしつつ頭を掻いては視線をさまよわせて……まいったな、と照れたように笑った。
そうしてそこで、あたしも気付いてしまって。
同じように目元のあたりから顔が熱くなっていくのを感じながら、それを隠すかのようにぽす、と頭を預けた。
胸のあたりがじりじりとむずがゆい。キルロイさんに負けないくらい、きっと今あたしの顔も赤くなっているんだろう。
「…あたしの考えてること、わかる?」
「……わかるよ」
すっと大きな手が伸びてきて、あたしの右手を包むようにして指を絡める。
触れ合った指同士が熱いと感じる間もなく、額に柔らかい――ぎこちない口づけが降りてきた。
『キルロイさん、大好き』
そう声を重ねて、ふたりで笑い合った。
End
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