チキンと野菜がたっぷり入ったコンソメスープ。久しぶりの豪華な朝ごはんだ。3皿目を完食した俺を見て、女が嬉しそうに頭を撫でた。この女の撫でる手は嫌いじゃない。安心しきった俺は後ろ足をだらりと延ばし、リラックス体勢に入っていた。
状況は確認済みだ。まず女は俺にグリムと聞いてきた時点で魔女である。部屋の中には俺が学生時代使っていた魔法史の教科書も見つけた。さらにここはダイアゴン横丁らしい。女は本屋を営んでいるようで、ダイアゴン横丁・苗字書店様と宛名が書かれた手紙がいくつか机の上に無造作に置かれていた。(苗字というのは女のファミリーネームだろう)
ダイアゴン横丁だとわかったのは嬉しい誤算である。ダイアゴン横丁からホグワーツまでなら楽に進めるだろう。そろそろ、行かなければ。頭に置かれた女の手はそのままに、俺はゆっくりと立ち上がった。
「どうしたの?」
女が手を離した。名残おしいとは思うが、あまり長くいてもしかたがないことはわかっている。俺はさきほどまで頭にあった女の右手に鼻をこすりつけた。感謝の意味を込めてだ。それから女に背を向けて、歩き出す。
「待って!」
しっぽをつかまれた。足が止まる。振り向けば、眉を寄せ必死な表情の女がいた。
「…出てくの?」
俺は答えることができない。女は寂しそうに目を伏せる。
「うちに、いてくれるかと思ってた」
言われて気づく。女には悪いことをしてしまった。女からすれば、俺はもう飼われている状態だったのだ。起きてすぐ、出ていくべきだった。食べ物に目がくらんでしまった自分がなさけない。(ああ、)(くそ)
つかまれていたままのしっぽを振って女の手を外す。
「あ…」
女はばつが悪そうに手をひっこめた。それを無視して女へ方向転換して歩き出す。それから女の横で寝そべると、女はぱあっと顔を輝かせ嬉しそうに俺の首に腕を回した。
「ごめんね、ありがとう」
ホグワーツへ行く体力を回復させるためだ。心の中で意味もなく言い訳しながら、俺は女にされるがままになっていた。