名前はぴたりとも動かず目を大きく見開いている。頭の中で必死に情報処理をしているようだった。それから小さく震えた声で、魔法界で知らない者などいないであろうおれの名を呼んだ。

「……シリウス・ブラック…?」
「ああ」

おれが答えると名前の肩がびくりと上がった。名前に向けている杖を下ろすことはまだできない。魔法省に連絡されては困るからだ。名前は杖に怯えながらも、はっと気づいたように周囲をせわしなく見回した。

「あの子は…!」

犬の姿のおれを探しているのだとは分かった。だがおれにはどう答えたらいいのかがわからない。殺したことにしてしまっては名前は悲しむだろうし、おれが出て行ったあとに犬が帰ってきてはさすがに名前も変に思うだろう。

「…犬を、知りませんか?黒い、大きな犬。ここにいたんです」
「………」
 
おれが答えないでいると、名前の目が少しきつくなる。

「こ、殺したんですか」

そう言った途端、名前の瞳が揺れた。どうするべきなのか。できるだけ彼女を悲しませることは避けたいと思った。(本当にどうしようもないな)(おれは)

「…すまない」

覚悟を決めて犬の姿に戻った。これで魔法省に連絡され捕まったとしても、おれはそれまでの男だったということだ。親友も守れず、敵も打てない。

また人の姿になる。名前の顔は見なかった。

「…おれは、未登録のアニメーガスだ。脱獄するために犬の姿でいたんだが食料の調達が難しくてな。つい居座ってしまった。すまない」
「…アニメー、ガス」
「君に危害を加えるつもりはない。出て行くよ。…できれば、おれのことを魔法省に通報するのはもう少し待ってくれるとありがたいが」
 
ピーターを殺しジェームズとリリーの敵を打てたらおれはそれで充分だ。あとはどうなってもいい。たとえ吸魂鬼のキスが待っていようが、後悔はしないと思った。

名前に向かって歩き出す。杖を返すと名前は恐る恐る受け取った。それから名前が入ってきた扉を開ける。彼女が今すぐに通報するつもりなのか、待ってくれるのか、何を考えているのかわからないのだから一刻も早く目的を達成することが先だ。

「本当に、すまなかった」

最後に一言だけ声を掛け、おれは居心地の良い、愛しい女の部屋をあとにした。


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テーマ「人外ファンタジー」
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