コレと同じ子。



めんどくさいなぁ飲み会。というか体力回復しちゃうから早く帰って部屋にこもりたいなぁ。とかなんとか至は考えていた。
今日は何のだか知らないが懇親会ということで定時で上がって飲み会だったのだが、早い時間から始めたために全員が二次会へ行くだろうという考えなのか、帰る人は誰もいなかった。というか、女子のお前は帰さんぞという無言の圧力に至はどう対抗しようか考える。帰ってゲームしたい。外面は崩さず、でも内側はゲームのことしか考えていない。


「至さん!!」


そんなところへパッと花でも咲くような声で呼び止められて、至は声のしたほうを振り返った。すると、まるで子犬のように見知った顔が駆け付けてくる。


「至さん!どうなさったんですか!」
「……飲み会だったんだよ。君は?」
「私は部活があって!奇遇ですね!運命ですね!!」


たぶん、尻尾がついていたらぶんぶん振り回してるんだろうなぁ、と至は苦笑する。しかし、部活ってこんなに遅くまでするものだっただろうか。まぁ今回の飲み会は結構早めに一軒目が終わったけれども、今は20:00すぎなのだが。
するとそんな至の思考を読み取ったのか、琴羽がわたわたしながらいいわけを口にした。


「ち、違います!あの!大会が近いので!!お姉ちゃんには言ってあります!みんなと別れるところになったらお姉ちゃんに連絡しようと思っていましたし……!」
「そう、ならセーフかな」


よかった、と琴羽は安心したように笑みを溢す。いづみに連絡すれば、おそらく誰か迎えが寄越されることだろう。もしかしたらいづみが迎えに行くと行って一人で行くなと大所帯になる可能性もあるが。


「至さんは二軒目に行かれるのですか?」
「え?うーん……」


ちら、と琴羽の後ろに目をやれば、こちらを窺っている男子数人とちらちら目が合う。


「いや、もう帰るとこだよ。琴羽ちゃんも心配だし」


えっ、と背後から聞こえてきた気がしたけれど、気のせいだということにして琴羽に微笑みかければ、琴羽はいっそう笑顔になった。正直帰りたくて仕方がなかったわけで、琴羽をだしに帰ることにすれば多少は丸く収まるだろう。琴羽だってソシャゲをだしに至に近付くことを憚らないわけだし。というか琴羽からすればだしにされていることよりも一緒に帰ってくれることに大喜びしそうだ。


「つまりは!私一緒に帰ってくださると!」


やはり。琴羽は笑顔全開で見えない尻尾をぶん回しながら至に一歩詰め寄った。


「もちろん。琴羽ちゃんを一人で帰らせたりなんかしたら、お姉さんに怒られちゃうだろうしね」
「ひゃあ……!至さんと一緒にお家に帰れるとか……!何て幸せなんでしょう……!お手々繋いでいいですか!?」
「調子に乗らないの」


制服着た女子高生とスーツ着た社会人が手を繋いで歓楽街を歩いていたら完全に事案である。それがわかっているのかいないのか、琴羽はえへへぇと間延びした笑いをこぼして嬉しそうにもじもじした。


「ね、琴羽、その人が噂の至さん?」


そこへ、女子が琴羽の肩に手をおきながら楽しそうに割り込んできた。これは完全に野次馬根性を出してきている顔である。至としては好感が持てるところだ。


「そうです!」
「へぇ、本当に格好いいねぇ」
「正直琴羽があまりに格好いい格好いいって言うからみんなどんなものかと思ってたけど……」


そこで女子二人はちらりと後ろにいる男子たちを見る。楽しそうなところを見る辺り、どんなものかと思っていた筆頭は男子たちらしい。しかしその男子たちも、まるで王子さまが抜け出してきたかのような至を見てしまえばぐうの音も出やしない。


「そうでしょうとも!そうでしょうとも!」
「なんで琴羽ちゃんが得意気なの」
「私の大好きな至さんはいっちばん格好いいのです!」


そう、とそっけなく返事をしつつも、犬かな、と至は笑みを溢す。


「ね、琴羽?」
「はい」
「紹介してよ」
「えっ……」


琴羽の動きが、ぴたりと止まった。にこにこというよりにやにやしている女子二人は見るからに琴羽をからかっているとわかるのだが、琴羽は言葉通りに受け取ったようだ。その素直さが良いところでもある。
しばらく固まっていた琴羽は、やがて視線をうろうろと泳がせたかと思いきや、きゅっとスカートの裾を握って絞り出すように一言だけ言った。


「……だ、だめです」


おや珍しい、と至含めからかっていた女子たちは目を丸める。

「至さんはただいま絶賛籠落中なので、だめです……はっ、も、もちろん、至さんが紹介して欲しいというのならば、別、ですが……」


でも出来ることならしたくないなぁ、という困った子犬のような顔でちらりちらりと視線を送られ、至は思わずといったように吹き出した。琴羽の友達のほうも別に琴羽をからかいたかっただけで本当に至とねんごろになりたかったわけではなかったので、けたけたと笑う。面白くなさそうな顔をしているのは男子だけだ。顔は覚えておこう。


「えっ、えっ……も、もしかして……!」
「そーだよ!冗談冗談!」
「本気にして焦っちゃってかぁわいいー!」


ひどいです!とふくれっつらの琴羽に友人二人は膨らんだほほをつつくなどして遊んでいて、琴羽の普段の生活がわかるようで至はなんだかほほえましかった。


「ねぇ茅ヶ崎くん、行かないの?」
「あー……」


正直まだいたのかと至は思ったが、それはおくびにも出さずににっこりと笑う。


「ごめんね、この子知り合いの妹さんで、夜道は心配だから送っていくよ」
「ええ!!」
「本当にごめんね」


少し鼻にかかった声で捲し立てる声はどこか耳障りで、至は困ったようにまゆじりを下げた。うるさいな、と口に出さないのは至がそれでも大人だからで、琴羽の友人二人は小さな声でうるせっとかなんとか言っていた。全く同意である。


「ていうか、その子だって友達に男の子混じってるし、茅ヶ崎くんが送っていかなくても大丈夫じゃないの?」
「そうだよねぇ!」
「ね、あなたひとりで帰れるわよね?」
「茅ヶ崎くんだって子供のお守りより大人どうしで話した方が気が楽だってわかるでしょ?」


うわ、と至は思わず顔面をしかめそうになった。どう頑張ってもこのメンバーのなかで至が一番素を出して気楽に話せるのは琴羽なのだが、学生な上に童顔な琴羽を小学生かなにかを諭すような口ぶりで頓珍漢なことを言っているのにも気付かない図々しさに一周回って感心しそうになる。しかし琴羽は、そんな至の同僚の顔をかわるがわる見ながら、きょとんと小首をかしげていた。そんな琴羽に、至は吹き出す。琴羽はいったい何を思っているのか、その表情だけでは全く推しはかなかった。多分、普通に考えれば今言われたことの意味を全く理解していないととられるだろう。現に同僚はそう取ったようだった。しかし至は知っている。琴羽はこう見えて意外と子供ではないのである。


「ふっ、琴羽ちゃん、今の話を聞いてなにか思うところはあった?」
「何か、とは……?」
「何でも」
「いいえ、何もありません」


きっぱりと、琴羽は言った。それが既に至には面白くてしかたがない。


「だって、今の話には至さんがいませんでしたので」


琴羽は、先ほど自分に嫌みをいってきた至の同僚を、しっかりと見つめ返しながら言った。


「今のは、つまり、あなた方が至さんと飲み会に参加したいのを、至さんが飲み会に参加したいのに私のせいで参加できなくなるのは可哀想、と言いかえたわけですよね?でも、至さんは飲み会に参加したいと一言も言ってませんし、私と帰ることのほうが大切だと言ってくださいました。であれば、私のせいにするのではなく、自分が至さんと飲み会に参加したいのだと言うべきです。そう言われれば、私も一考せざるを得ませんが、人のせいにするような人に至さんをお渡しするわけには参りませんので、はい、至さんは私と一緒にお手々を繋いで仲良くお家へ帰るのです!!」
「 手は繋がないよ」
「……うまくいったと思ったのに……」


しょんぼり、という様子を隠そうともしない琴羽に、至はひとしきりくすくすと笑ってから軽く深呼吸をして、同僚らに向き直った。


「というわけで、俺はこの子を送って帰るから、また明日会社でね。さ、琴羽ちゃん、帰ろうか」
「はいっ!それでは、みんな、ばいばいっ!」


可愛らしく友達に手を振って、琴羽はスキップでもしだしそうなぐらい弾んだ足取りで至の隣に並んだ。そうっと至の方へ手を伸ばして、肩にかけられたショルダーのビジネスバッグの紐を掴む。琴羽なりに精一杯譲歩したのだろう。


「歩きにくいんだけど」
「でも、ほら、はぐれてしまうかもしれませんし」
「へぇ、見失うの?」
「いいえ!至さんを見失うことはあり得ません!でも!……ちょっとぐらい」
「しかたない、許そう」
「えへへ、ありがとうございます」


きゅ、と琴羽が握る力を強くすると、肩に微かに重みが加わって、少しだけ歩きにくくなる。けれどどうしてか嫌ではないから不思議だ。


「至さん、いつかお手々を繋いで歩いてくださいね。こう……からませるやつで……!」
「気が向いたらね」


向けてください!と琴羽は至に向けて手をつきだす。その手のひらはとても小さくて、きっと至の手のひらにすっぽりとおさまるのだろう。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -