大好きな時間がある。毎日学校終わりにとあるカフェを覗く時。長い髪をゆるく一つに結んだお兄さんを発見したら、必ず店に入る。そうして、お兄さんが接客してくれることを願いながら列に並んで、ついでに何を飲もうか考える。今の時期は寒いから、どうしても抹茶ラテを頼んでしまうのだけれど、今日は冒険しようか。ああでも、寒いし、抹茶ラテ美味しいし。そんなこんなで自分の番が来て、けれど今日はどうやらお兄さんは奥でドリンク作るのに徹するらしい。私の抹茶ラテ、作ってくれたら嬉しいなぁ。



「ええと、抹茶ラテ……オールミルクでお願いします」



たまたまバイトの面接後に疲れたからカフェに入った時にお兄さんを見て、一目ぼれしてしまってから私はこのカフェの常連になっていた。お兄さんはなんかこう……とてもスマートで、結構ベテランさんなのだろうと一目でわかる出で立ちをしている。気がする。結局その日のバイトは不合格で、本当はこのカフェも募集してたから応募しようかと思ったけれど、私にはあの膨大な量のドリンクの作り方は絶対に覚えられないから、近くの書店にした。丁度店を閉める時間が同じだから、たまにお兄さんが締め作業をしているのを見られるのが利点だと思う。本好きだし。
ドリンクを待っていると、私の少し前に注文した女の子の集団がお兄さんにドリンク作ってもらってて、なんだかとても羨ましかった。女の子達はぐいぐいお兄さんに話しかけてて、お兄さんはそれに慣れた様子で返しながらドリンクを作っている。ああ、そんな姿もとても格好いいですお兄さん。



「ええ、お兄さん甘党なんですか?」

「そうですよ、悪いですか?」

「ううん、ちょっと意外だったけど……ふふ、なんだか可愛いですねぇ」



少し拗ねたように言ったお兄さんに女の子が可愛いですねと言った。私も可愛いと思う。けど、私はきっと言えない。というか、話しすら出来ない。ああ、羨ましいなぁ。私ももう少し勇気があったなら。
学校のある日は毎日のように通って入るけれど、お客一人一人の顔なんて覚えられないだろう。というか、覚えててもまた来たなぐらいだ。私はそうだもん。ああ、この人毎日雑誌たくさん買ってくれるなぁとか、それぐらい。でもそう考えると、それだけの認識でもお兄さんに認識してもらえているのなら嬉しいかもしれない。
少し待つと、抹茶ラテの準備が始まった。ああ、楽しみ。ここの抹茶ラテ大好き。



「抹茶ラテでお待ちのお客様、すぐ作りますね……っと」



くるりと振り返ったのはお兄さんだった。うわわ、やったぁ!と私は心中でガッツポーズをする。大好きな抹茶ラテをお兄さんに作ってもらえると、なんだかもっともっと特別な味になる気がする。



「よく来てくれますね」

「へっ?―――あ、え、」

「お客様ですよ、よく来てくれますよね」



ニヤニヤしているのがばれたのかと思った。けれどお兄さんはにこっと少し笑って、すぐに抹茶ラテをかき混ぜる作業に戻っていく。



「そんで大概抹茶ラテですねぇ」

「えっ……」

「好きなんですか?」

「あ、は、はい、抹茶が好きなんです……」



ああ、やってしまった。やっぱりここは冒険するべきだった。お兄さんに認識してもらえていたのは嬉しいけど、毎回抹茶ラテの女の子ってのはなんだかとても恥ずかしい。



「オールミルク、美味しいですよね」

「そっ、そうですね」

「甘いの好き?」

「す、好きです……」



そっか。お兄さんはそう言って笑うと、混ぜていた手を止めて少し周りを確認すると、ちょいっとキャラメルを入れてくれた。



「え……」

「おまけ、内緒な。全部ミルクだと溶け残りやすいんで、飲む時もちょっと気を付けてください。はい」

「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」



お兄さんとお話出来たことが嬉しくて仕方なかった。おまけしてくれたことが嬉しかった。渡されたキャラメル入りの抹茶ラテを飲んでしまうのがもったいないような気がして、けれど温かいうちに飲んでしまいたくて、私はそそくさと席に移動した。この後バイトだから、それまでの時間を潰すために本を取り出す。今日また欲しい本の発売日のはずなのだ。だから読んでしまって、買いたい。抹茶ラテに口をつけて、ふふと思わず笑ってしまってあたりを見回した。幸い見られてはいなかったようだ。なんだか今日は、とてもいい日だ。




*******





書店のバイトは、良いことばかりではないけれどそれなりに楽しかった。一緒に入る人たちはみんないい人で、仕事も出来て、足を引っ張らないようにするのが精いっぱいではあるけれど、それなりに仕事もできるようになったのではないかと思う。



「ごめん、友達に割引するから名前貸してね」

「あ、はい」



あと書店のメリットとして、社割りで買えることだ。たまに友達が来たときにさっきみたいに社割り使ってあげたりしてて、私もたまにする。
それにしてもやることがないから、雑誌でも組もうか。そう考えて脇に束ねてある雑誌を漁っていると、頭上から声が降ってきた。しかも、それは、



「あれ」



お兄さんだ!そう思って勢いよく顔を上げると、お兄さんは少し笑っていた。あ、おかしなことをしてしまったかもしれない、と少し恥ずかしくなるが、とりあえずいらっしゃいませと声をかけながら雑誌を作業台の上に上げる。



「ここでバイトしてたんだ」

「そ、そうです。お……にいさんは、今日はバイトじゃないんですね」



お兄さんって呼ぶのもどうかと思ったが名前など知るはずもないので、しかたなくお兄さんと呼ばせてもらう。するとお兄さんはうんと小さく頷いて、本を二冊私のレジに置いた。



「資格、とるんですか」

「そ。役に立ちそうだしな」



置かれた本は介護とかそういう関係の本で、確かに人手不足だろうし役に立つだろう。



「カバーかけますか?」

「お願いします。こんな本読んでるのばれたら絶対茶化される」

「そうなんですか?」



くすくす笑って、本のサイズに合ったカバーを二枚取った。それをとりあえず本の上に置いて、先にお会計を済ませる。



「ポイントカードってお持ちですか?」

「あ、持ってないな。作ってくれるか」

「はい」



新しいポイントカードを取りつつ隣のレジを見ると、小さく親指を立てながら社割りの紙を用意してくれていたので、ポイントカードを通してから割引した。割引後の金額を告げると、お兄さんは少し驚いたような顔をする。



「安くないか?」

「前にキャラメルおまけしてもらったから、お返しに割引させていただきました」

「……そうか。サンキュ」



ポイントカードとお釣りを渡し、他より丁寧に丁寧にカバーを付けて袋に詰める。それをお兄さんに渡すと、お兄さんはニッと笑った。



「また来る。カフェにも来てな」

「は、はい、もちろんです」

「はは。じゃ」



も、勿論ですというのは些か突っ走りすぎただろうかとお兄さんの背中にありがとうございましたといいながら恥ずかしくなる。



「ちょっと、あれが噂のカフェのお兄さん?」

「そ、そうです」



社割りの紙を書いていると、隣のレジの人がニヤニヤしながらこちらに一歩近づいてきた。



「確かに、一目惚れしそうなかっこよさだね」

「そっ……あの、それは、その、」

「あーあ、私の彼氏もあんぐらい格好良ければいいんだけどなぁ」



隣の人は言いたいだけ言うとニヤニヤ笑いながらまた定位置に戻っていく。私は社割りの紙を書くふりをして俯きながら、赤くなった頬を隠すのに精いっぱいだった。








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