―――彼がもし唯人であったならば、どんな色が似合うだろうか。
市女笠をつけて買い物をしながら、ふと目にとまった反物にそんな事を考えた。
―――やはり赤だろうか。深紅。黒でもよいかもしれない。髪の赤がきっとよく映える。
とりとめもない、詮無い事を考えてふふふと笑う。その瞬間が、酷く楽しくて、酷く寂しかった。



家に帰ると、昌浩が戻っているようでとても美味しそうな匂いがした。ここ最近ロクに休養も取っていなかったので、お母様は精のつくものをと躍起になってご飯を作っている。当の昌浩は沓をそろえるのもそこそこに自分の部屋にこもったらしい。



「ああ、おかえりなさい」

「ただいまお母様。小兄様は帰っているのね」

「ええ。きっと今頃寝ているでしょう。見て来てくれる?起きたらご飯を食べさせようと思って」

「はい」



昌浩の部屋の前で小さく名前を呼んで、覗く。すると閨を用意することもなく、髪すら結わえたままでまるで背後から襲われて倒れたかのように無残に寝転がっている昌浩の姿があった。どれほど疲れているのだろうかと心配にはなるが、如何せん格好が面白すぎてか細く息が漏れる。



「ん……」



うめき声は昌浩ではなかった。見れば、物の怪姿の騰蛇すら爆睡しているようで、獣らしからぬ腹を見せた状態でころりと床に転がっていた。固くて寝苦しいのか、ころころと呻きながらどんどん縁側の方へ向かっていく。落ちてしまっては大変だ、と追いかけてその体を抱き上げるも、物の怪は起きない。



「―――騰蛇」



呼んでも返事はない。……だから、



「騰蛇」



そっと、膝に乗せた。すると物の怪は満足したように丸くなって、相も変わらず安らかな寝息を立て続ける。ふわふわとした毛並みを撫でると、とても幸せな気分になった。
どれほどそうしていただろうか。物の怪を膝に乗せ、庭を眺め続けるのは飽きなかった。彼が、仮の姿とはいえ彼と触れ合っているという事が、とても満ち足りた気分にさせる。



「んぁ……?」



間抜けな声をあげて、物の怪が覚醒した。



「おはよう、騰蛇」

「あ……あ?え、ああ、おはよう……?」



微笑んで言えば一瞬戸惑ったような顔をした物の怪は挨拶もそこそこにするりと膝を下りて、昌浩の腹の上に一撃食らわせに行った。


―――――――――――――
「もっくん、どうしたんだ、変な顔して」
「いや……」
(あれ、もっくんに言い返さない)
(―――あんな顔、初めて見た)






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