翌朝、目を覚ました僕は一番にクラルの体温を確認した。足先を絡ませ合って眠る彼女の体に巻かれたシーツを剥がす様に、片手を忍ばせて僕の腕の中へと隙間無く抱き寄せる。胸に落ち着けて抱き締めればクラルは、小さな身じろぎと共に唸った後、ぼうっと閉じていた目蓋を開いてそして、僕を見上げた。

「ココ、さん」
「おはよう、クラル」

 温かく、すべすべとして柔らかい肢体に腕を絡め、僕とクラルは少し長いキスをする。目覚めのキスの最後には、いつも彼女の唇を舌先で舐める。そうするとクラルは幸せそうに笑ってくれるから。すっかり、癖になっている。

「クラル」
「はい。何でしょう?」
「誕生日、おめでとう」

 今日はそこに言葉を添えた。そうしたらその微笑みは、何時もより幸福に色付いた。
 365日の内、1日だけ使える特別な言葉は、彼女の輝きを増してくれる。ありがとうございます。と、吐息で呟いた唇にもう一度、目覚めのキスをした。朝はいつも、昨夜のミントを潜ませた甘い味がする。
 口を重ね合わせたまま覆い被さる。少し体重を掛けて触れ合わせた、裸の胸。肌を震わせる鼓動が彼女から僕へと贈られて、ひとつの歌になる。愛しくて、愛らしくて、唇を離した僕は少し、悪戯をしたくなった。目蓋にもキスをして、囁く。

「…プレゼントがあるんだけど、受け取ってくれるかな?」

 クラルは少し、潤んだ瞳で僕を見上げた。酸欠になりかけた吐息で言葉を紡ぐ。

「プレゼント…ですか?」
「うん」
「…昨日、今日の夜に渡したい物がとか、言ってませんでした?」
「それとは別に、今渡したい物が出来た」

 あ、言葉尻を間違えた。
 思った時にはもう言葉は彼女の耳に届いていて、クラルは一瞬で、それがシリアスな物でないと気付いてしまった。
 クラルはじっと、僕の目を覗き込んだ。でも直ぐ力を抜いて笑って、悪戯に乗ってくれた。

「…何ですか?」

 僕はそれを悟っていない風を装い、成る可く真面目な顔と声を作って、彼女の顔を覗き込み言った。

「僕」

 クラルの目が一瞬惚けた。

「はい?」
「だから、僕」
「…ココさん?」
「うん。ココさん」

 言葉を繰り返すと、クラルは瞬きを二度三度と繰り返した後、咄嗟に口元を手で覆って僕から顔を背けて体と声を震わせて笑った。僕は彼女の顔を覗き込んで耳元で追いかける。

「便利だよ。炊事洗濯掃除にハント。なんでもござれだ。今なら雨風を凌げる一軒家に、エンペラークロウのキッスも付いて来る。知ってるかい?キッスはとても大きい烏だから、移動の時は背中に乗せて連れて行ってくれるから好きな場所へ行き放題だ。と、キッスじゃない。僕の事だな…」

 クラルはふるふると首を振って、肩を震わせる。手が待って、待って、と訴えたけれど僕は「僕、僕は…占いが出来る。目が良いから、暗い所でも…これは僕だけに有効な利点だな。クラルに役立つのは…」うーん、と多少演技臭く、追い掛け続けた。

「まだ、続くのですか?」

 目尻に涙を滲ませて尚も笑い続けるクラルが、身もだえ過ぎてくしゃくしゃになった髪の向こうから僕を見たけど、気にしない。「うん。プレゼンは確りしないとね。縫い物は君の方が上手いけど、出来るよ。ひとり暮らしが長かったからね。あ、マッサージも出来る。仕事に疲れた夜は言って。お風呂上がりにコリを解してあげる後は……お風呂の準備に、添い寝、モーニングコールは…クラル、寝起き良いからなぁ…。あ、添い寝は僕筋肉質だから堅いかも。ここ数年使ってなかったから、固まっていてね。なにより僕も健全な成人男性だから…いや、これは良いか。うん。後は、そうだな…」自分を売り込めば売り込んでいく程、クラルの笑いは大きくなって、遂にはお腹を抱え始めて、分かりました!もう充分ですから!と、笑い過ぎてお腹が痛いと言った。

 欠点は、お互い承知の上の関係だから、敢えて語らなかった。

「…受け取って、くれないのかな?」笑いが納まり始めたクラルの顔を覗き込んで言ったら、彼女は「…ずるい、方」答えの代わりにキスをしてくれた。

 クラルのものになった僕が始めに彼女の為にした事は、クラルを愛する事と、その後もう一度目を醒した彼女の為にブランチを用意する事だった。



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