あれから一ヶ月後に当たるクラルの誕生日前夜。僕は仕事が予定通り終わるとのメールを受け取ってから自身の仕事を切り上げてキッスと一緒に、クラルとの待ち合わせに良く利用するヘリポート迄彼女を迎えに行った。
キッスの背中からおりて数十分後、ビル内へと続く鉄の扉が、脂が足りない時に出す音を上げて開く。
「ココさん」
「クラル。お疲れさま、」
声を掛けたらクラルも僕、そしてキッスに労いの言葉をくれた。キッスがそれに応えて一声鳴く。クラルはふふっと、僕はははっと、笑った。
仕事上がりの彼女は足の形に沿ったジーンズを履いて、太もも迄有るカジュアルシャツの裾をバサバサとビル風と遊ばせていた。
寒いだろう。と、持ってきたクラル用のローブで彼女を包み込む。その時、裾からちらりと見えた彼女の手は、いつものバッグの他に、細長いリボンを付けた紙袋をぶら下げていた。
「先を越されたな」
引き寄せた彼女のこめかみに労いの意を込めたキスを贈った時、紙袋の口から『HappyBirthday!』と書かれたカードが見えたので僕は苦笑した。僕の声にクラルは笑いながら言った。
「菊のお菓子と、お茶なのですって」
「お茶って…菊花茶かい?」
「はい。そうお聞きました。お嫌いですか?」
「いいや。好きだよ。懐かしいな」
僕が感慨深くそう零すと、クラルはほっとした顔を見せる。
「明日のお八つ時に、一緒に頂きましょうね」
風を受けて巻き上がる前髪の下から、クラルは僕を見上げ、薄らと染まった頬で笑った。
夜間飛行の寒さから守る為、ローブで彼女をしっかり包み込んでいた僕は愛しさに胸を押されて「茶器…何処に仕舞ったかな」ローブごとクラルを抱き締めた。
頬を寄せると耳元で笑う、彼女の吐息を感じた。唇を頬にくっ付けると、もう。と言ったが嫌がるそぶりは無かった。頬、こめかみ、額、目蓋と順序良く口付けて最後に、笑いっぱなしの唇を塞いだ。目を開いた時丁度クラルの目も開かれて、額を寄せ合わせた僕達はとても近い位置で
「クラル。愛してる」
「はい。知っています」
「…クラルは?」
「…愛してます。ココさん」
「うん。知ってる」
「もう」
伝えても伝えても満足しきれない想いを確認し合って笑った。
彼女に触れた所から立ち上った熱がまるで早馬の様に全身を駆け巡ったから、ヘリポートは夜の冷気と風で寒いはずなのに、不思議と居心地が良かった。