ラララ | ナノ

ラララ


 ココの毒に臆さない、あるいは受け入れようと積極的な姿勢を見せた女性はなにも、クラルに限った話じゃなかった。
 これ迄に多くの女性がココに近付き(まるで蝶に群がられる花だな。と、群衆から這々の体で逃げて来たココにいつかのトリコは豪気に笑った。気持ち悪い例えをするな。と、一瞥で睨んだのにトリコの笑いは納まらなかった。相変わらずだ、と、ココは思った)そして、その中にはココの体質を知っても尚、よりも、知ったからこそより親身に成りたいと言う人がまま居た。

 彼女達は、危ない。と諭してもまるで自分だけは平気だと言う顔で擦り寄って来る。

 あたかも自分だけは特別な人間になれると言う顔で、誰も彼も同じ事を言う。平気よ、貴方は優しいから。だから私は怖くないわ。傍に居るから。それならもし、そうで無かった時は?世の中で自分自身を巧みにコントロールしきれている人が一体何人居ると思うのだろうか。

 そう言う問題じゃない。と言っても聞きやしない。危機感さえ抱かない。その時にいつも、ココは気付く。目の前の人物と、自分が問題視している部分は全く違うのだ。と。その目に映っているのはもう、自分じゃない。その人の中で作り上げられたもう一人の自分だ。
 気を遣い過ぎた、代償だったのかもしれない。その人の中で、こうと定められた自分が居る。クリスティーナ嬢が憧れた頃のファントムの様に、それは現実と合致しない夢見がちの偶像だ。空想の実体だ。

 けれど何よりココを落胆させたのはその酩酊とともに送られる、哀れみと同情と同調そして、陶酔だった。従順の裏に隠された期待が発する無言の追及だった。

 そんな、女性が好む恋愛小説の様に簡単で単純なお話で済む問題ではないのに。


 ココは、薄く笑った。毒物について正しい知識を持って言っているのか。ウィルスと勘違いしていないか。この二つは似ている様で全く異なる。例えば、火山性ガス。或いは配水管工事の作業員。年間何人、意識を失ったまま死に至ると思う。苦しむ、間もなく。
 真摯な説得はでも、臆病者の戯れ言とすり替えられて相手に響き、やがて呆れに似た虚無感だけが残る。常に。ああ、無駄なんだ。求めて居るのは受け入れてくれる姿勢ではなく、正しい知識と節度の有る距離感なのに。でもどの言葉を使っても、その子には伝えたい所の一端も伝わらない。その中ではもう、ココは可哀想な人に成り下がった。

 やがて乾いた声と、ビジネスライクの笑みだけが溢れた。溢して、いつも同じ事を言った。ありがとう。嬉しいよ。でも、ごめんね。
 皆、同じ顔をした。
 始め、顔を輝かせてでも直ぐに陰りを映す。それでもココははっきりと続けた。君だけじゃないんだよ。そう言ってくれるのは。僕に、その気が無いだけだ。
 その言葉で彼女達は皆、瞳に薄い膜を滲ませて虹彩を歪ませた。流石にこれにはいつも焦ってしまった。ごめん、泣かせるつもりは無かったんだ。そう言えば顔を伏せて首を振る。平気。だと、ごめんなさい。と謝るその裏側ででも、ココに引き止められる事を望んでいる。そんな彼女達の共通性がそして、そんなもの迄見えてしまうこの目が恐ろしくさえあった。

 もし、自分が人格形成も将来の展望さえあやふやなティーンエイジャーだったらそのひたむきさと好意には心打たれたかもしれない。けれど、たったそれだけで今迄の総てを清算する気になるにはココはもう、世事を知り過ぎていた。


 その話題が浮かぶ度、トリコは豪胆に笑った。優男も大変だなあ。皮肉混じりの台詞に余り歓迎したい話題じゃないからココは、トリコを諌める。止めてくれ。トリコは笑う。何でだよ。


『試しに付き合ってみりゃいいだろ。ホントに平気かもしんねーぞ』
『生憎お前みたいに冒険する気にはなれないんでね』
『へーへー。生真面目な事で』
『トリコ』


 叱責すればトリコは肩を竦ませた。別に女と付き合う事で問題抱えてんのはお前だけじゃねーのによ。そうとでも言う様に。
 事実その通りだから、(トリコは腕力が有り過ぎるし、ゼブラは凶暴性が一度顔を覗かせると自分のコントロールを見失う。サニーも、触覚で何度周囲を傷付けただろう)ココはいつも苦々しく口元を歪めるしかなかった。
 自分達は四天王と言う立場上常に注目を浴びるが、ゴシップやロマンスからは最も遠い位置に居る。


 だから後に、トリコに言われた言葉にココは一瞬ばつを感じた。
 確か、誰か(恐らくサニーかリン辺り)からクラルの話を聞いて来たらしくからかいに来たトリコが、一通りココを居たたまれなくした後で、


『つーか、やっとお前から惚れた女を見つけたって事だよなあ』


 豪快に笑う大男は、ココの背中を力一杯叩く。


『ま。良かったじゃねーか。大事にしてやれよ!』
『………当然、だ』


 皮肉ったけれど顔の火照りを悟られない様にするのだけで精一杯で、そして何より、そんな風に変わってしまった自分を、取り繕ったつもりでもトリコに見透かされている。そんな状況が居たたまれなさをより増長させて、もっと多くの事を言いたかったのに言えたのはたった二言だけだった。


『馬鹿力』


 けれどココは思っていた。トリコの、言う通りだ。


 結局今迄、ココから本気に成れなかったのだ。
 恋愛や恋人に憧れはしたのに当の本人は本気で、恋をする気なんてなかった。
 だからココはずっと、そう言う人達を、自分に好意を寄せてくれた女性達を避けていた。

 根拠も無く自分だけは特別なのだと願いたがる人達だと、無学を哀れみ、無知を蔑み、勝手に落胆して、遠ざけた。

 無知も無学もそれは、他ならない自分自身だったのに。

 結局、自身が同じ立場に立たされて気付いた。
 気付いた時に初めて、あの女性達に申し訳ない事をした。と、思ったけれど。同じ位、今日まで、無知で良かったと思った。


 ずっと傍に居て欲しい。
 守るから、守らせて欲しい。
 仕様の無い男だと思われていてもいい。
 拗ねてもいい。泣いてもいい。怒っても全部受け止める。
 だからその笑顔だけは自分だけに見せて欲しい。


 そんな風に、ココとの時間を屈託なく過ごしてくれる彼女へ願う事が信じ難いほどの幸福で、理性をもねじ伏せて自分を(占い師でも四天王でも、まして毒人間でもない)ただの男に変えてしまうのだと、そうした感情の渦が自分にもあったのだと言う発見が、笑い出したくなるほど、嬉しかった。


(僕は毒人間だから―――それがどうした。今、僕はそれを巧く制御しているじゃないか)
(彼女に危害を加える―――それが現実に起こるとすればそれは僕自身の問題だ。彼女に問題は無い)
(殺すかもしれない―――有り得ない。恐ろしいならそうならない様に、僕自身が細心の注意を払えば良い)
(離れたくないなら近くに居ても守りきれる、その術を持てば良い)
(僕が僕に屈しないくらい、強く成れば良い)
(出来るだろ。お前なら)


 だからいつかのあの日、ココは穏やかに自覚した。なんだ。そうか。

 ――きっと彼女達も自分と同じ様に、ただ、恋をして、その感情に忠実に生きただけだったんだ。

 男は、女に恋をした。
 切っ掛けなんて忘れてしまう位、唐突に、自分でも気付かない間に。


『初めまして、クラル。と、申します』


 始まりに手を握りあい、やがて訪れた寄り添いに、ただ、ラララ、と歌を口ずさみたく成る。

 誰もがそんな恋をした。








 そうでなければ説明がつかない。
 そうでなければ今、もう会わないと決めたのに無機質に白い、建物の中を足早に進むその説明が出来ない。

 ココは苦虫を噛み潰した顔で、眉間に寄せる皺を濃くした。


 キッスに無理を頼んで飛んでもらった。屋上の鍵を、開ける手間さえ惜しくて溶解性の毒液で壊して建物に入り込んだ。一直線に、電話で一度だけ聞いた病室へと向かった。
 理性がねじ伏せられていた。

 今も、理性は衝動の下にいる。

 カツカツカツ。


 息を巻く速度で冷たい床と靴を触れ合わせながら向かう途中、自分の姿をした亡霊が行動を嘲り笑う。

 おい。もう会う気はなかったんじゃなかったのか?あんな馬鹿げたメールを本気にしているのか?

 何度も、何度も。際限なく。カツカツカツ。消毒液の匂いさえも最新の空調で取り払われてしまうIGOの医療棟。白い壁に音が反響する。こめかみから嫌な汗が伝う。

 亡霊は尚も内側から問い掛ける。

 占えよ。確率で視てみろ。3%もない。限りなくゼロに近い。冷静になれよ僕。サニー達に担がれたんだ。有り得ないだろ。


 ――クラルが僕の子供を宿しているなんて、97%だって視えないだろ。


 ココは眼を細めて目の前の白い扉を睨んだ。その扉の向こうに有るだろう電磁波を視ようとした。空っぽの掌を握り込み、家に置き去りにして来てしまったモバイルの文面を思い出す。
 伝えられたのは可能性の話だったのに、眼を通して、何度も読み返し、気付いたら、この場所に来ていたのは心当たりがあるからだろ。

 ココは内側から亡霊に語る。

 真実を知りたいんだ。

 亡霊はけれど、笑う。虚栄ばかりだ、お前は。

 逢う切っ掛けがずっと欲しかったくせに。


「ココ」


 モバイル越しで聞いていた声に、後ろから呼ばれた。 

 ココはドアノブに伸ばしかけていた手を、反射的に引いた。







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