朝7時半の電車、三両目の一番前。

今日もあの人がいる。

遠目でもわかる質の良いスーツを着て、腕を組みながら外を眺める姿はとても格好良い。

男の俺でも思うのだからそりゃあモテるんだろう。


あ、欠伸した…。眠いんかな?


自分より一回りは上であろうその人は、俺が目下片想い中の相手である。

もちろん自分も相手も男であることは理解してるし想いを伝えようとも思っていない。

思っていないのだが…


なんで鞄にチョコが入ってんだーよ…。


いつもより大事に持っている通学鞄にはシンプルな包み紙の箱が入っている。

普段自分で食べるチョコより値が張るそれはつい買ってしまったものだ。

別に渡そうとは思ってないので、今日学校から帰ったら自分で食べることになるだろう。

それなのに買わずにはいられなかった自分の乙女思考にため息が出る。





そもそもなんで男に惚れてしまったのかといえば、それはもうあの人が悪いと思う。

いつもはそこまで混んでいない電車がその日に限って満員状態だった。

満員電車が嫌で混まない時間帯に乗っていた俺は人に酔ってしまった。

もみくちゃにされて顔色もさぞや悪かっただろう。

我慢も限界に近付いて来た頃、さっきより苦しくないことに気付いた。

下を向いていた顔を少し上げてみるとスーツとネクタイが見えた。

でもその人と自分の間には少なからず隙間がある。

目の前の様子は変わらず混雑している。

顔を更に上げるとイケメンのおっさんがいた。

目が合うと「悪いな。混んでて動けねぇんだ。」と低めの声で言われ、首を横に振ることしか出来なかった。


普通こういうこと女にするもんじゃねぇーのけ!?


人が良いのか知らないが、簡単に人の心を持っていかないでほしい。

悔しいがときめいた。ああ、ときめいたさ。

結局あのあとはお礼も言えず終いでそこから毎日眺める日々が始まったわけだが。

だってまさか次の日も同じ時間に乗ってるなんて思わないだろう?

次の日も、また次の日も、同じ時間、同じ車両にいるなんて目で追ってしまうのも仕方ないと思う。

おそらくあの日より前からずっと同じ車両だったのだろうが、前までは外の景色ばかり見ていたので気付かなかった。

というより男に興味なんてなかったし…。

結局、俺はその日から外の景色を見るフリをしながらおっさん観察をする羽目になったのだった。





本当なら次の日会った時にお礼を言えたら良かった。

そうしたらこんなに想いが募る事も無かったかもしれない。

でも生憎次の日は酷く疲れた表情をしていたので声をかけられなかったのだ。


「次はー……、お降りの方はー…」


あ、次で降りねーと…。


悶々と考えてる内に降りる駅になってしまった。

チョコは家に帰った後で自棄食いでもしよう。いや、鞄を開ける度に目に入るのも癪だからいっそ駅についたら食べてしまうか。

チョコには何の罪もないが、これは半ば意地のようなものだった。

それでもついあの人が寄り掛かっているドアの方へ向かってしまうのは、少しでも傍に居たいからだ。


甘酸っぺー青春の一ページってやつだべ。


斜め後ろをキープしつつ電車がホームに着くのを待つ。

近くで見ると余計に格好良く見えて頬が赤らむ気がした。

それを隠すように軽く俯いたところでまさかの事態が起こった。


「おい、また具合悪いのか?」

「へ?」

「お前、前満員電車で死にそうになってた奴だろ?今日は人も多くないのに…乗り物苦手なのか?」


まさかの急展開。

いやいやいや、待て、落ち着け。

声を掛けられるなんて想像もしていなかった。

心臓の音が全身に響き渡って頭が真っ白になる。


「具合悪いなら家で寝てろよ。喋れねーほどひどいのか?吐きそうか?」


顔を覗きこむとか反則じゃんかよー!!


「で、でーじょーぶ…です。」

「そうか?もうすぐ駅着くし、無理そうなら駅員に言って休ませてもらえ。お前ここで降りるんだろ?」

「え、なんで…」

「毎日同じ電車乗っててすぐそばのドア出てったら嫌でも覚えるだろ。」


軽く微笑まれてもう俺の心臓は止まりそうです。

しかも覚えていてくれたなんて、これは、神様が最後のチャンスをくれたんでしょうか。





電車はゆっくりとスピードを落としてホームに止まった。

ドアの空く音がする。


「じゃあな。気をつけて行けよ。」


そう言って片腕をあげたおっさんの手を掴み、鞄から引っ張り出したチョコを押し付ける。


「こ、この間はありがとうございました!!」


言い逃げ上等。

そのままダッシュでドアをくぐる。


「お、おい!」


後ろから声が聞こえたがプシューとまぬけな音を立ててドアが閉まった。

正面から顔を見るのが怖くて肩越しにそっと振り返ると、顔を赤らめたおっさんが固まってるのが見えた。


………これは、脈ありってやつけ?


そのまま電車は行ってしまったが、俺の胸には微かな期待が芽吹いていたのだった。







 もしかしたらお互いに




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