「おい、与四郎…お前、どういうつもりだ…?」
いつもと変わらない日常。僅かな逢引きの間に起きた非日常。
「何って…凄さんを捕めぇてオラだけのものにする気だーヨ。」
さも当たり前かのように答える与四郎の手には苦無が握られており、そこだけが別世界のようだった。
目の前に佇む与四郎は笑顔を浮かべ楽しそうに笑っている。
「それがどういう意味かわかって言ってるんだな?」
与四郎がどこかおかしいことは気付いていた。
わかっていて共にいることを選んだのは他でもない俺自身。
いつか、与四郎の内に巣食う何かを消してやることが出来ればと、そう思っていた。
それはただの自己満足だったのだろうか。
戻してやりたくとも声すら届かない己の無力さに、知らず血が出るほど唇を噛んでいた。
「ああ!口噛むなっていつもせーってんべ!凄さんはすぐ口噛むべなー。」
俺の口を見てすぐに与四郎が駆け寄ってくる。苦無を持ったまま。
「まったく凄さんは俺がいないと駄目だべ。」
そう言って笑う与四郎が好きだった。
普段と全く変わらぬ笑顔で言う与四郎に悟る。
お前は、何も変わっていないんだな。
始めからこいつの世界は壊れていたんだ。
「俺は、お前と行くことはできない。」
自分でも非情だと思うほどはっきりと告げる。
与四郎は張り付けたような笑顔のまま何も言わない。
「お前を選んでやることは、できない。」
追い打ちをかけるように言葉を紡ぎながら、今にも叫び出しそうな己の心に蓋をする。
忍として、あいつの為にもこれが正しいのだ。
そこで与四郎は今日初めて笑顔以外の顔をした。
「………どうして」
ぽつりと零れた言葉は涙のようだった。
「どうして…凄さんは…凄さんだけは…オラを裏切らねーと思ったのに…」
裏切るとは、どういう意味なのだろうか。
自分以外の人間の影に顔を顰める。
「喜三太も!山野先生も!みんなみんなオラのこといらねぇってせーって…!」
喜三太ってのは…よくこいつから聞く風魔の餓鬼のことか。
山野はこいつの教師で風魔の精鋭だ。
何故今二人の名前が出てくるのかがわからなかった。
「どういうこ…」
「せめて…身体だけでもって思ったけども、それすら駄目だった…。」
思わず手に力が入る。
すっかり正気を失っている与四郎は俺の変化に気付く様子はなかった。
つまり与四郎は、昔二人に好意を寄せていたということか。いや、この様子だと今も断ち切れていないのか。
叫び散らす与四郎は初めて見る表情をしていて、それが更に暗い感情を呼び起こす。
「なんで!一番想ってたのはオラなのに!どうしてオラを否定すんだ!」
「おい…与四郎…」
今まで我慢してた感情が噴き出たかのように怒鳴り散らす与四郎は年相応の子供だった。
いつも大人ぶっていたこいつの、これが本音なんだろう。
「それでも、もしかしたら、もしかしたら見てくれるかもって…」
「結局、誰もオラを愛しちゃくれねーだヨ。」
最後にそう呟き、与四郎は俯いてしまった。
こいつは、愛に飢えてるのか…。
だから敵である俺と恋仲になったのか。
つまり、好きになってくれれば誰でも良かったと…?
俺はどす黒い感情が溢れだすのを止められなかった。
「与四郎。気が変わった。」
「何がだーヨ……っっ!?」
顔を上げた与四郎の鳩尾を殴る。
崩れ落ちる与四郎を支えながら握り締めた手を解いた。
「だがな、俺がお前の物になるんじゃねぇ。お前が俺の物になるんだ。」
なんて簡単なこと。
「ちゃんと愛してやる。嬉しいだろ与四郎。」
こいつは愛を欲しがっている。
だったら望み通り愛してやればいいんだ。
俺はお前以外見ていないんだがら。
今までこいつの自由を奪いたくない想いから行動に移していなかったが、いつだって考えてはいた。
その自由を必要としないのならば話は簡単だった。
「簡単に、愛してないなんて言うんじゃねぇよ…。」
目を閉じている与四郎に口吸いをし、そのまま誰にも見つからないように城の地下に運び込んだ。
この日、風魔から錫高野与四郎という存在が消えた。
愛を疑われるほど悲しいことは無い
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