冬は嫌ぇだ。

寒いし、厚着しなきゃいけねぇし、手は悴むし。

何をどうしたらこんな季節が好きになれるのか、俺には皆目見当もつかない。


「だからオラは早く春になって欲しいべ」


隣にいる凄さんにそうせうと、凄さんも同意したように頷いた。


「俺も冬はあんまり好きじゃねえ」


ポツリと呟いて空を見上げる凄さんの横顔は悔しいくらいに格好良くてムカついた。

その目が自分を見ていないことにも、イラつく。


「あんまりじゃねえべ!でぇーっ嫌ぇだべ!!」

「何そんなにイライラしてんだ?」

「イライラなんてしてねーべ!凄さんばっかじゃねーの!?」


見惚れてたなんて負けた気がして、つい口調がきつくなった。

普段、凄さんとの歳の差が嫌で大人になろうと頑張っているのだが、いつも上手くいかない。

今だって、凄さんは俺が八つ当たりをしたのに気にした風もなく歩いている。

生まれたのが遅いのだから仕方がないと分かってはいるが、寂しいと思うのはやっぱり子供な証拠だろうか…。

時たま、凄さんが俺を通して別の誰かを見てる気がするのも、不安の所為なのか。


「…………」

「…………」


これ以上口を開いても自己嫌悪に陥るだけな気がして、無言のまま歩く。

凄さんもこれといって話題がないのか何も喋らない。

そういえばいつも俺ばかり話して凄さんは聞いているだけだったような…。

そんなことすら今まで気付かなかったなんて、と益々落ち込んでいく。

気付けば俺の足は止まっていて、先を行く凄さんと距離が出来ていた。


「遠いべよ…」


ポツリと呟いた言葉は凄さんへは届かず冬の寒空に溶けていった。










「…ん?」


振り向くと与四郎との距離が大分開いてしまっていた。

与四郎は俯いているのか、俺と距離が開いたことに気付いていないようだ。

何を考えているんだろうか…。

あいつの考えていることが分からなくなるときがある。

ただでさえ、同性同士で歳も一回り以上離れているんだ。

あいつのは俺なんかよりもっと良い奴がいるんじゃないかと思ってしまっても仕方ないだろう。

やっと見つけたこいつを手放すことなんて出来ないのだけれど。

与四郎は室町時代のことを覚えていない。俺だけが覚えている。

時代に翻弄されながらも懸命に生きた俺らの繋がりを。

来世で見つけた時は、絶対に離さないと誓ったんだ。

俺の勝手な想いでこいつを縛りつけていることに自責の念が付きまとう。


「お前は…何を考えているんだ…?」


小さく問いかけた言葉に答えはない。










俯いていた顔を上げると凄さんがこちらを見ていたことに驚いた。

凄さんも俺と目が合ったことに驚いているようだ。

でも何も言ってくれない。

『こっちに来い』とも『どうした』とも何も。


「どうして何もせーってくれねぇんけ…?」

「え?」


思わず凄さんを責めてしまう言葉が零れた。

違う。そうじゃないんだ。悪いのは子供な俺で、凄さんが気まぐれでも俺と付き合ってくれることなんか奇跡に近いって分かっている。

だから困らせたくなんかないのに言葉が止まらない。


「凄さんが何考えてるかわかんねぇべーヨ…」

「与四郎…」


泣きたくなんかないのに涙が出そうになってまた下を向く。

どうしてこんなに俺は子供なんだろう。凄さんに嫌われたくないのに。


「…お前を泣かせてんのは、俺、か。」


近くで凄さんの声がして思わず顔を上げてしまう。

下を向いている内に凄さんが近づいていたようで、目の前には顔を歪めた凄さんがいた。


「ご、めんなさ…」


俺の頭を支配したのは、嫌われてしまうということ。


「ごめんなさい…ごめんなさ…凄さ、ごめ…なさ…」

「お、おい、与四郎?」


凄さんが困惑してるのがわかるが、止められなかった。

身体が震えだす。こんなにも凄さんに嫌われるのが怖い。お願いだからどうか…


「きらわねぇで…」


そう言った瞬間身体が温もりで包まれた。










与四郎を泣かせてしまうほど追いつめていたのかと思うと自分の駄目さ加減に嫌気がさす。

自分のために与四郎を追い詰めて、これが本当に俺が望んだことなんだろうか。

いっそこの関係を止めてしまった方がこいつの為になることなんて痛いほど分かっていた。

それでもどうしてもこいつを手放すことが出来ない。繋がりを断つ一言が、言えない。

ずっと、待っていたんだ。与四郎だけを。ずっと。

俺だけのエゴだとわかっていても、傍にいたかった。

なんて汚い感情。まだ未来ある与四郎を縛りつけて、逃がさない、自分勝手な想い。

だが、お前が本当に俺から離れたいならそのときは…


「ご、めんなさ…」


今にも零れ落ちそうな涙を見つめていると、急に与四郎が謝りだした。


「ごめんなさい…ごめんなさ…凄さ、ごめ…なさ…」

「お、おい、与四郎?」


何かに怯えたように同じ言葉を繰り返す与四郎はひどく幼く見えた。

いつもの与四郎らしくない仕草に動揺する。

こいつは何をこんなに怖がっているんだ…俺はお前の為ならなんだって…


「きらわねぇで…」


か細く聞こえた与四郎の声に身体が自然と動いた。

突然のことに驚いている与四郎を無視してきつく抱きしめる。

こいつは今までどれだけ我慢してきたのだろう。

きっとさっきの幼い姿が本当の与四郎なんだと思う。

年相応の、未熟な子供。

今までの与四郎はどこか大人のようで、それが室町時代の危うさと重なっていた。

だから気付かなかったんだ。

ここにいる与四郎はもう気持ちを抑え込んで生きている『あいつ』じゃないんだ。

俺はどこかで与四郎に過去の記憶を思い出して欲しいと思っていた。

どんなに辛い記憶でも、与四郎との繋がりを失いたくなかった。

でも、それこそが間違いだったんだ。

与四郎はちゃんと転生して『今』を生きている。過去に縛られている俺とは違い、前に進んでいるんだ。

なら俺もきちんと『今』を生きて行く上でこいつと向き合わないといけない。


「なあ、与四郎」

「………?」


腕の中で固まっている与四郎を離し、顔を見つめる。

改めて言うのは緊張するもんだな、なんて思いながら深呼吸して口を開いた。


「お前が好きだ。傍にいてくれ。これからも、ずっと…」


そういって触れるだけの口付けを落とす。

キスなんて何度もしたし、それ以上だってしているのに、今までで一番緊張したキスだった。

そっと離れると、与四郎が目を丸くしていて思わず噴き出してしまう。


「ぶっ!なんて顔してんだよ」

「す!凄さんが急に変なことせーったからいけねぇんだーヨ!!」


慌てふためく与四郎はいつもの取り繕った姿じゃない自然体で、とても居心地が良かった。

俺達に足りなかったのはこれなんだ。

お互いに我慢してたんじゃ幸せになんかなれないじゃないか。


「なぁ、返事は?」

「はっ!?」

「返事だよ。折角プロポーズしたんだから返事くらい寄越せ。」

「プ、プロ…!?」


顔をこれ以上ないくらい真っ赤にした与四郎は今までで一番可愛かった。

こんな姿を今まで知らずにいたなんて俺は馬鹿なことをしていたなと後悔するほどに。


「好きだ」

「…オラも好きだーヨ!馬鹿凄さん!!」


不安になったらお前の手を握ろう。

怖くなったら想いを伝えよう。

離すことは出来ないけれど、その代わりにたくさんの愛を送ろう。

帰り際に繋いだ手のおかげで、もう寒くはなかった。




 百回の口付けより一回の愛を



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