「なあ…そろそろ機嫌直してくれよ?」
「………」
「なあ、与四郎ー」
「…………………」
狼の俺が山羊のガキに必死に頭を下げることになるなんて思いもしなかった。
だけど、今じゃこいつ無しでは生きられなくて、いつも機嫌を取るのに必死だ。
今日も今日とて、こいつに振り回されている。いや、今回は俺が悪いんだが…
事の発端は少し前に遡る―――
『ぁ…凄さ…ああっ』
『与四郎…』
『や、もう…だめぇっ』
『はぁ…くっ』
『いっっ!』
『あ”…わ、わりい与四郎!!またやっちまった!!』
俺は交尾をするとつい狼の癖が出てしまい、与四郎のやわ肌に爪を立ててしまう。
毎回毎回気をつけてはいるんだが、興奮すると爪が出てしまうのは肉食動物の性だろうか。
あいつを傷付けるのは本意じゃないし、出来るだけ優しくしてやりたいと思う。
狼のこの俺がだぞ?笑えるだろう?
でも与四郎だけは特別なんだ。種族が違おうが、捕食関係であろうが、唯一無二の存在。
だから、この爪があいつを傷付けるというならば、俺はあいつに触れることを止め…
「いま、もうオラに触るの止めようとか思ったべ」
「!!」
俺の考えを見透かしたように、今まで黙っていた与四郎が口を開いた。
気づけば、さっきまでそっぽを向いていた身体は若干こちらに向いていて、俺のことをジト目で睨んでる。
「…凄さんはいっつもそうだ」
「与四郎?」
何やら怒っているようなのだが、それが何故なのか、俺にはわからなかった。
交尾の最中に傷付けてしまったからではなさそうだ。
しかし俺の中にはそれ以外の答えが無い。
「お前、俺が爪立てたから怒ってたんじゃないのか?」
「ばっかじゃねえのか!?そんなの今更だべ!!」
「馬鹿ってお前…確かに今更だけどよ…」
「オラが何に怒ってるのか本当にわからねえのけ?」
「うっ………すまん…」
「はぁー…鈍感…」
酷い言われようだとは思うが、わからないものは仕方ない。
俺は返す言葉もなく、与四郎の罵声を浴びる。
山羊に怒られる狼なんて俺ぐらいなもんだろうな…。
「凄さん…は、その………」
「あ?」
黙って与四郎の話を聞いていると、段々与四郎の声が小さくなっていって何を言っているのかわからなくなった。
顔を見ればどこか赤いような気がする。
一体なんだ?
「悪い、もう一回言ってくれないか?」
「うっ!だ、だから!アレ…と…」
「んん?」
「あー!もう!だーかーらー!いっつもアレのとき途中で止めんべ!?」
「アレ?」
どうも与四郎の言っていることがわからない。
アレってなんだ?途中で止める…ああ!
「もしかして交尾のこt
「ちょっとはオブラートに包めおっさん!!!!」
「ぐはっ!」
交尾という言い方はいけなかったらしい。与四郎に鳩尾キックを貰ってしまった。
あいつの脚力は半端じゃないから結構痛い。
どれくらいかって言うと僅か下にずれたら俺のジュニアがお亡くなりになるくらいには強い。
「これだからおっさんはデリカシーにかけるべ…」
「…それは悪かったな」
仕方ねえだろ。おっさんなんだから。
「で?交…アレがなんだって?」
また交尾と言おうとしたら凄い目で睨まれたので与四郎の言うところのオブラートに包んで言い直した。
「だからよー…凄さんは、アレんとき、その、いつも途中で止めんべヨ」
「そりゃあ、怪我させちまったらそれどころじゃねえだろ…」
「それだべ」
「ん?」
「怪我ってせうてもそんなてーしたもんじゃねえのに、いっつもそっちに気取られてよぉ」
「おう…」
「オラはちっとくらい平気なのに…」
「………つまりお前、」
「え?」
欲求不満ってことか?
とは口には出さなかったが(今度こそ俺のジュニアが潰れる)、つまりはそういうことなんだろうか。
俺が傷付けることが嫌なんじゃなくて、そのせいで途中で止められるのが嫌だってことだろ?
………そんなのありか。
「天然過ぎんのも問題だな…」
「どういう意味だべ?」
「いや、こっちの話」
こいつはきっと自分が盛大な誘い文句を言ったなんて気づいてない。
指摘すれば真っ赤になって否定するだろう。
そんな与四郎も可愛いと思うし、それでもいいんだが…折角のお誘いだ。今回は敢えて気付かないふりをして載らせてもらうとするか。
ペロッ
「ん!」
先ほどの交尾で傷付けてしまった箇所に舌を這わす。
「凄さん…?」
やはり何もわかっていない様子の与四郎に素知らぬ顔で『消毒だ』と言っておいた。
添え損食わぬはなんとやらだ。
とりあえずは…次こそは傷付けないように、いただくとしようか。
もちろん、ご要望の"途中で止めない"も忘れないように。
「与四郎…続き、するか?」
「………今度は、途中でやめんのは無しだーヨ」
「ああ」
とある狼が山羊を食べる有り触れたお話。
止めるくらいなら全部食べて
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