好きなひとに好きなひとがいたら、諦めるしかないのだろうか。
しかも、その相手は男。俺が好きなのも、好きなひとが好きなのも。
「ルカーシュ、飯に行こうぜ」
今夜は外出許可日。任務を終えた俺のところに親友のオットーがやってきた。特に断る理由もないので了承して着替えを済ませる。
親友。ほんとうにそうなんだろうか。ため息を堪える。
だって、俺はオットーにほんとうのことを言えない。俺が、誰を好きなのか、なんて。
「そういやさ、裏通りの角に新しいバーができたの知ってっか?」
「え? ああ……あそこか」
「まあ正直、近づけねぇよなぁ」
オットーにけして悪気はない。それぐらいわかっている。鼻歌まじりに俺の横を歩く姿は、いつも通りの姿だ。それにそう感じるのが異常というわけでもない。むしろ当然なのだろう。
だけど、俺のこころにはもやがかかる。
ほんのすこし前までは、きっと俺だって同じ反応をしていただろうと思ってよけいに。
ほかにも幾人か仲間を誘って、行きつけの海鮮料理やに行くことにした。港町だから魚介類料理が美味しいこの町は、山育ちの自分にとってはなにもかもが違ってみえる。
だからだろうか。まぶしい太陽と空との境界が曖昧な景色の中、俺はあのひとになにを見てしまったのだろう。
これが同性への憧れだけではないことに気づいたときには、遅かった。そんな自分を嫌悪したり、勘違いだと思いこもうとするなんてできないほど、遅かった。
ああ、俺はあのひとのことが好きなんだ、と認めた瞬間、鮮やかな世界が光を失った。
だって、同時に気づいたから。
あのひとは、いつも隣にいるひとが好きなんだって。
失恋してはじめて恋に落ちていたことを知る。そんな映画みたいなこと、まさか自分に起きるとは思っていなかった。学生時代はそれなりに恋愛したし、彼女だっていた。それなのにまさか二十二になって、こんな感情を知るとは。
「あ、なあ、試しにあのバーの前通ってみようぜ」
それは仲間の誰かが突然言い出した、ちょっとしたノリ。特に深い意味なんてなくって、断れば場が白ける程度の話題づくり。
だから俺も断らない。ああそれもいいね、って調子を合わせておく。
目的の店からそう離れていない噂のバーは、風俗店の多い裏通りの隅にあった。この一本向こう側には飲食店やカフェが並ぶのに。この町はそういう境界すら曖昧で、ちょっと俗っぽくて楽しい。
男どもが集団で、その裏通りを歩く。ともすれば娼館のおねーさんたちや、客引きのおにーさんたちが寄って来そうなものの、基本軍人には積極的にいかない暗黙の了解があるせいか、割とすんなりバーの近くまで来てしまった。
「あー、やっぱりいるのか、あのひと」
かといって入るわけでもない。ちょっと遠くから中をうかがうだけ。その状態でオットーが声をあげる。
「まあ、公言してるしなぁ」
「しっかし目立つ、目立つ」
他の奴らも会話に混じり、ちょっと呆れにも似た笑いを浮かべている。
誰だ、と確認する前に言われた「軍用犬」だと。
「軍用犬?」
聞き返すとオットーが意外そうな顔をした。お前知らなかったっけ、という感じだ。