ナサリオが楽屋に戻ってくると、後輩のエットレがそこにいた。しかもいただけではない。自分の恋人の膝の上に跨っている。
「なに、してるわけ」
存外落ちついた声に、入って来たことに先に気づいていたエットレは至極つまらなさそうな表情を浮かべた。対して恋人はいかにも焦った顔を見せ、言い訳したいような素振りを見せる。
「ちょーっとお話してただけ」
エットレはゆっくりと立ち上がりにっこりと笑った。ナサリオはその形の良い尻が乗っていた恋人の太腿をちらりと見やる。ファスナーは閉じられたままだった。
その代わり、デニムにお札が挟まれている。
「そろそろ出番だろ」
「あーい」
自由気ままな後輩は、悪びれた様子を見せることなく「じゃあね」と恋人にウィンクをして楽屋を出て行った。去り際、声にせず唇を動かして。しかしそれを向けられた相手は、椅子に座ったまま挙動不審な態度を見せ、ちっとも気づいていない。
「で、デルフィーノは、俺のステージを見ずにここにいたらあいつに襲われたって言いたいの?」
「えっ、いや、えーと」
裸の上に薄いガウンを着ただけのナサリオがそうやって笑うと、デルフィーノと呼ばれた恋人の額から汗が一筋流れていった。
「変態」
「な、誤解だって!」
「下着に金挟まれたままそんなこと言う? あ、それとも何、自分もストリップしたかった?」
「違う、そういうことじゃ……!」
「じゃあ、上、脱いで」
「はっ?」
「脱いで」
普段、適当で軽い男でも、こういうときの迫力はすごかった。デルフィーノはそれ以上反論することなく、素直に羽織っていたシャツのボタンを外してゆく。
ナサリオはにやにやとしながら、段々と現れていく肌を眺めている。
三十を超えたと思えない上半身が露わになる。腹にお札は挟まれたままだった。
上から下までとその身体を眺めるナサリオ。恋人の視線が自分の下腹部に向かってきていることは気づいていた。
「ナサリオ……お前な、人のこと言えないだろ……」
「何が? 自分の男が他の奴に襲われそうになってるの見て勃たせてんのが?」
「自分で言うなよ……」
「馬鹿じゃないの。年上が好きとか言っておいて、あーんなヒヨッコに挑発されて興奮したのは自分でしょ?」
「ぐ……」
言葉に詰まったデルフィーノを見て「やっぱり満更でもなかったんだ」とナサリオは唇を歪めた。さらに小さな声で「ムカつく」と零す。
「床に寝てよ」
「は、おいなんで」
「いいから、床に寝て」
そう指さすのは冷たいリノリウムの床だった。敷けるようなものも何もない上に、物が色々置かれていて余裕もない。小さな楽屋の僅かなスペースに、身体の大きなデルフィーノが寝るのはどう見ても難しい。
それでもナサリオの命令は絶対だった。プラス惚れた弱みもデルフィーノにはある。しぶしぶと椅子から腰を落とし、うまく隙間を塗って身体を横たえる。脚は伸ばすことが出来ず、膝を立てたまま仰向けになった。
「デルフィーノさあ」
立ったまま見下して、ナサリオが歪んだ顔を見せる。
「年上が好きとか俺が好きとか言っておいて、ほんとはここのメンバーみんなとヤりたいだけなんじゃないの?」
「はっ!? んなわけねぇ――」
「だってさぁ、おかしいよね。俺とエットレって真逆だよ。あっちは若くて、細くて、顔だって女っぽい。それなのに勃つってどういうこと?」
ゆっくりと、ナサリオの脚が上がる。ショーで使ったヒールを履いたままだった。黒のエナメルが、楽屋の照明に光り、淫靡な姿を見せる。